ピーマンはピーマンでも具入りのピーマン
ベジ生活
あれ、ベジの方ではなかったですか?

”肉詰め”と書くと、そういう疑問を持つ人がいるかもしれない。
確かに、”ベジ”の方たちと出会うと、考えに共感する人が多く、一緒にいると心地良さを感じることが多い。内側、外側を深く見つめた先に、ひとつの選択肢としてそれがあったという感じ。そして、”ノンベジ”の人からは、考えを強要したり、非難したりすることがないので安心したと言われることが多い。私は、”ベジ”バッジが欲しいわけでもないし、ベジで世界を変えたいという大きな志を持ち合わせているわけでもない。何が正しいかなど定義できなくなっているこの世界で、絶対神話など存在しないのだから。
私自身、食事は自身の好きなものを楽しんで摂ることが一番健康的だと考えていて、他人の食事情にあれこれいうつもりはない。とりわけ世間で”不健康”と言われる食事を長年楽しんで長生きしている人もいるし、”健康的”な食事や摂生した生活習慣を紹介するベジインフルエンサーが病に倒れ、キラキラした舞台から突如としていなくなってしまう例も少なくない。大学で専門的に習い正しいと信じてきた事柄が、今は疑いの的になっていて、常にアップデートの必然性を痛感している。食事は私たちの生命の源で大事なことに変わりはないが、それが心身の健康の全てではないことは、皆もう気づき始めている。
ただ、ここまで書いてきてなんだが、実は野菜や食事の話をしたいのではない。今回は尻の話だ。
ピーマンと桃
尻の話をしよう。いや、セクシーな話ではない。
舞踊を始めてから体が変わった。
これは、師をはじめ先輩方からよく聞く言葉で、楽しみのひとつになっている。師の考案したオリジナルのストレッチとアダブで(気が向かない日であっても)日々向き合う機会ができた。舞踊に限らず、自身の心身と深く向き合うことが多ければ多いほど、それを実感するのだろう。以前にも書いたが、私も学生時代の部活の恩恵をいまだに受けていることを思うと確かだろう。
そういえば、垂れ下がりヨボっとなっていた尻が少し丸みを帯びた気がしている。バラタナティアムは、足腰が鍛えられる。特に序盤はアダブ鍛錬一色、普段使わない筋肉もフル稼働の辛い動きにわかりやすい修行感が味わえる。師から、足腰が丈夫なのは強みになると聞いた。登山では「健脚そうだ」とよく言われる。単にがっしりしているだけかもしれない。
そういうのをピーマン尻と言うのでしょう?
近くで会話を聞いていた師が笑いながらそう口にした。力の入れ方や筋肉の動かし方を教わる際、師は、ほらここを押さえてみなさいと腰の筋肉などを触らせてくれるが、まるで磨かれた木の板が入っているかのようだ。師の尻の話をするのは品がないかもしれないが、100パーセントピーマン尻ではない。これは断言できる。
アダブの力すごいね。短期間で桃尻になったんだねえ!
そっと練習用サリーの上から自身の尻を確かめてみる。桃ではない。いや、以前よりは垂れ方が改善している、気がする。これは。
ピーマンの肉詰め、、、
具を詰めて少しぷくっとしたピーマン。ピーマンの肉詰め。最初から欲張らない。ひとまず、フラットピーチを目指すことにする。そしてあの見慣れた丸みの桃へ。尻の話だ。
余談
桃と聞いて思い出すのが、このジュディーのユーモアたっぷりの大好きなシーン。アステアが「ピーチのような女性になれ」と言うのだが、英語ではピーチは”美女”や”素敵な人”という意味があって、それに対して黄色い洋服に身を包んだ彼女は「私レモンだから」と返答する。このレモンにも”出来損ない”や”欠陥品”などのネガティブな意味合いがある。
アステアはピーチを望み、ジュディーはレモン、私は肉詰めのピーマン。私の学ぶバラタナティアム、ことカラクシェトラの流派はその歴史的背景から女性的な動きを極力排除したと言われている。心の奥底で桃に憧れるピーマンの肉詰めくらいがちょうどいい。