新年日記
システム手帳
新年ブログは、前年と今年に分けて書くのが通例だったが、書き方を変えてみようと思う。

とても内省的だった昨年、自身の思いを言語化することに躊躇するようになった。とりとめもない個人的な思いをわざわざ赤裸々に公にさらす必要などないのではないか、と。赤裸々に綴り続けるインフルエンサーたちの姿に、少し距離を置いて見てしまうことも多くなった。尊敬、憧れ、恐れ、疑問、軽蔑、いろんな思いが交錯する。それにこれは実在している人、事柄なのだろうか。
けれど、相変わらず、書くことそのものは楽しい。そんなわけで、今年は気合いを入れてシステム手帳をセットアップした。昨年、アシュフォードのシステム手帳を相棒に迎えたが、いまいち活用できていなかった。今年は、多くの手帳マスターたちを参考にしてカテゴリを明確化し、自身の興味に沿ったものを並べ、視覚的にも好きなもので埋め尽くした。心地いいものが出来上がってとても満足している。
バラタナティアム
9月、ロンドンで習っていた南インド古典舞踊バラタナティアムを再開した。あるときふと、「踊ることは生きること」と感じる瞬間があった。他のダンスをしてきたわけでも、運動神経が特段優れているわけでもない。いろんなご縁が重なって尊敬する師と出会い、仲間と出会い、今、最も心を注いでいる事柄だ。
Aangikam Bhuvanam Yasya
Vachikam Sarva Vaanmayam
Ahaaryam Chandra Taaradi
Tam Vande Sattvikam Shivam

時短、タイパが重視される現代社会で、一朝一夕に成し得ることが不可能なこの舞踊に魅了されている。その動きのひとつひとつに魂が宿っている。古典舞踊を習っていると言うと、「お稽古楽しいですか?」と聞かれることがあるが、一般的な意味での”楽しい”で表現できなくて言葉に詰まってしまう。
ここ数年、修験道に魅了されてプチ仙人修行や修験の山歩きなどをしてきたが、このバラタナティアムはそういう修験の匂いがするのだ。ロンドン滞在中、開放的で陽気なラテン系の友人たちから、バラタナティアムより陽気なサルサを一緒に習いに行かないか?と誘われたことが何度もある。
ダンスって、心から楽しんでウキウキしてワクワクして、自己を開放するものなんじゃないの?お稽古の雰囲気はとても厳しそうだし、できなくて苦しんでいるとか、違うんじゃないの?
踊れても踊れなくても、ノリノリで楽しみましょう!個人のスタンスによると思うが、確かに、初心者がはじめるにはそういうダンスのほうが最初の扉が開けやすいのだと思う。どこまで進むかは、ご自由に、と。けれど、私が惹かれるのはバラタナティアムの厳格さ、神聖さの漂うほうだった。
ロンドンではバラタナティアムビギナークラスでちびっこたちとアダブを踏んでいた。私語厳禁、上下関係やルールは厳格で、グルの静かで厳しい叱責に毎度半泣きのちびっこたち。外国人は私だけ。レギュラークラスの大人も私だけ。私のマインドは、完全に小学生に戻っていた。文化も言葉も、毎回のアダブも、全てが知らない学ぶこと、吸収しなければ、と。こんな感じで、私のバラタナティアムはロンドンのあの思い出深い時間と深くリンクしている。
そして今、日本で素晴らしい師から学ぶことができ、大変感謝している。師や先輩方の美しく力強い舞踊に魅了されながら、今はただ目の前のアダブの動きひとつひとつを着実に取り組んでいく。まだ自身の踊る姿など想像もつかないが、肉体的、精神的な面でも、その瞬間、瞬間に新たな発見が尽きない。これまで、じっくりと取り組んでこなかった分野であり、どちらかと言えば苦手意識さえあったことを思うと、とても興味深い時間を過ごしている。終わりのない自己鍛錬の道、まだ歩き始めたばかり。
そういえば先日、八幡平姐さまから近況報告を受けて、今年は東北ムード漂う納豆餅を楽しんでいる。