憧れのスタイルは
インドの修験
ここ数年会っている方ならご存知だろうが、修験の土地に惹かれ、そのスピリットには畏敬の念を抱いている。
あの方たちは、サドゥーと言われる人たちですね。
一瞬で目を奪われた彼らの姿に、スティーブンさんがそう教えてくれた。サドゥーとは、サンスクリット語・パーリ語で、ヒンドゥー教・ジャイナ教のヨガ実践者や放浪する修行者の総称らしい。現在、インド全域とネパールに、400万人から500万人のサドゥーがいるのだとか。

これまで写真などで目にしたことはあったが、巡礼の地ティルバンナーマライに来てから、彼らの姿をいたるところで見かけるようになった。サドゥーは、物質的・世俗的な所有を放棄し、あらゆる欲や執着を絶ち、苦行や瞑想などによって輪廻からの解脱を達成、涅槃を得ることを目標としている、らしい。ここに来るまでその名さえ知らなかったが、無意識に惹かれたのは彼らの存在だった。
ヒンドゥー教サドゥーには、二つの主要な宗派が存在する。彼らが額に描いているマークは、所属する宗派を示しているらしい。服を着る場合は、俗世を放棄したことを示す枯葉色の衣服を身につけて数珠を首に巻く。インドではサドゥーは法的に死亡者とみなされるようだ。ちなみに、「ナーガ」と呼ばれるサドゥーは衣服を着用せずふんどし一枚か全裸で生活し、髪を剪らず髭も剃らず、聖なる灰を体に塗っている。男性サドゥーが圧倒的に多かったが、女性サドゥーも何人か見かけた。
サドゥーの装飾
観光地では、修行とは関係なくサドゥーの服を着て外国人観光客に有料で写真を撮らせる「観光サドゥー」も多いと聞いた。今回訪れたタミルの地では、そのようなサドゥーには遭遇しなかった(そもそも南インドの土地では、誰かが悪がらみしてくるようなことも滅多にない)。ティルバンナマライ以外では、サドゥーもあまり見かけなかった。
彼らの修行僧としての精神性に尊敬と畏敬の念を持ちつつ、彼らのスタイルを象徴していたのがその装飾であった。私自身、定期的に手作りジュエリーを製作していることもあって、彼らの首に何十にも巻かれた数珠には目を奪われた。巡礼の地、シヴァ神を祀るお寺の周辺という土地柄、さまざまな数珠がいたるところで販売されている。店によって品揃えやディテイルは違うが、使われる素材(植物や石等)はそれぞれの神々を象徴している。例えば、今回私たちが訪れたマハシヴァラトリーはシヴァ神のお祭りで、使われる数珠は”ルードラクシャ”と言われる神聖な菩提樹の果実から作られている。

地元の人たちも、一つか二つ、サドゥーほどではないが、普段着に合わせてこの数珠を付けていた。これはティルバンナーマライ以外ではあまり見かけないスタイルだった。

南インドのファッションは、とてもおしゃれだと思う。ナチュラルで凛とした美しさ。SNSでは、煌びやかな装飾で着飾る女性の姿も見かけるが、自身の憧れと共鳴するスタイルはこのサドゥースタイルであった。滞在中のスタイルが定まりつつあった。