奉納公演2

ティルヴァンナーマライへ

一つの都市をもう少しじっくりと歩いてみたい気もするが、私たちは先生たちの公演を追いかけティルヴァンナーマライに向かった。相変わらずクラクションの喧騒は日常で、車線もあってないようなもの。広い幹線道路をどの車も悠々と走っている。道路脇にはいつも野良牛がゆったりと寝そべっていて、野良ヤギは修行を開始したのか、ビュンビュン飛ばす車を無視しながら悠々自適に道路の真ん中を歩いている。皆、サバイバルしながら生きている。

道中はお決まりのチャイブレーク。イギリスでは、”ティーにはビスケットが最高よね”なんて言っていたが、ここでもちゃっかり”チャイにもビスケット(ときどきもっと甘いやつ)が最高よね”と言うことになっていた。

店を構えるチャイ屋には、いろんな種類のビスケットがお供に売られていることが多い

ティルヴァンナーマライは、アルナーチャレーシュワラ寺院を中心に広がる巡礼のまち。

街を見おろすようにして、アルナーチャラ山がいつも近くに見える。「紅(アルナ)の不動(アチャラ)なる山」を意味しているそうだ。この山は、地球上に複雑な生命が誕生するより遥か前、約35億年前に形成されたと推定されていて、これはヒマラヤ山脈ができるよりもはるか昔のこと。

いつもそばにはアルナーチャラ山

山の周囲にはシヴァリンガ(シヴァ神のシンボル)を祀った祠が点在し、これを巡礼していくのだという。街の中心では、やはり外国人の姿はほとんど見なかったが、山の麓にある滞在型アシュラムが有名で、そちらでは外国人観光客を多数見かけた。

巡礼の地。ここ数年、修験道に導かれてきた私にとって、ここはとても興味のある土地に思われた。宗教は違うが、修行を通じたその精神性には魅入る部分が大きい。街なかでは、ヒンドゥー教の修行者であるサドゥの姿を数多く見かけ、この寺院に来る巡礼者たちの装飾にも特徴があった。宗教や巡礼に詳しいわけではないが、その後いくつかのタミルの土地を訪れて振り返ったとき、やはりここは特別な土地であったのだと感じている。単に”山のお膝元”が好きなだけかもしれない。

アルナーチャレーシュワラ寺院

南インドには、宇宙を構成する五大元素(地・水・火・風・空)を祀るシヴァ神の五大寺院が存在し、ここはその中で最も強力な「火」の聖地として、絶対的な信仰を集めている。インド各地から、インド人の方々が参拝に訪れている姿を数多く目にした。

寺院の周囲にはお店が軒を連ねていて賑やか

到着後、私たちはまず寺院へ参拝することにした。ゲートがいくつか存在し、迷路のように張り巡らされた順路が参拝客の多さを物語っていた。

寺院の外から続く参拝順路

寺院内部に入ると、呼吸もやっとのおしくらまんじゅう状態。けれど、空間は温かな信仰心に満ちていて、とてもポジティブな空気感が漂っていた。大きなマハシヴァラトリの期間とあって、家族での参拝が多く、どの家族も旅人の私たちを親切に出迎えサポートしてくれた。

ひときわ賑やかで盛り上がる集団に遭遇した。小さい子どもからティーンまで5人くらい、皆シバ神を象徴するルード・ラクシャのアクセサリーを身に纏っておしゃれに着こなしている。ほとんど英語が通じなかったが、そう、私はボディーランゲージが大の得意なのだ。

アローハラー!!

子どもたちは声高らかに唱えはじめた。そして、私に向かって一緒に言おうと言ってくれた。「どういう意味なの?」と尋ねてみたが、英語はわからない、タミル語だけというような仕草を見せた。小さな声で「アローハラ」と続いて言ってみた。すると、子どもたちはとても嬉しそうな表情になり、もっと大きな声で、それこそ天も突き抜けるような力強い声で唱えはじめた。私もいつしか一緒に大声で唱えていた。大合唱のような、オペラのような、私たちの力強い声は楽隊のようで、とても神々しい祈りの空間のなかに溶け込んでいった。精神も肉体もその中に溶け込んでいくようだった。

仲良くなった私たちは、裸足で寺院の床を力強く踏み締め、一緒に大行列を進んでいった。子どもたちが「あなたの肌の色綺麗だね。アクセサリーも素敵」と肌を撫でた。日本人は珍しいのだろう。「あなたたちの肌の色も素敵。アクセサリーもよく似合っていて、とても美しい」そう私が返答すると、子どもたちは、はにかんだような、でも底抜けに嬉しそうな表情で笑い、大きくてキラキラした目を私に向けた。いつも”正解”にとらわれている言語など、ここでは意味をなさないように思われた。

「アローハラー」とは

ハラはタミル語でシバ神の意で、「アローハラー」は「シバ神よ!」という意味らしい。特にタミル地域で、お祭りや熱い祈りの場面で使われることが多いという。ちなみに、よく耳にする「オンナマシバヤ」は静かな祈りであるようだ。

ダヤ先生たちの奉納公演

ダヤ先生たちの奉納は深夜0時から始まった。

奉納前にゲートにて
ライトアップされて陰影が美しい寺院

ダヤ先生は、入場直前までメモ書きを見つめて全集中し、ときおり宙で振り付けの動作をしながら脳内リハーサルをされているように見えた。舞踊への向き合い方が先生そのものだなと思った。本番前の先生はいつもこんな感じだよ、と皆見慣れているようだった。

大混雑が予想されるため、先生たちと一緒に入場

入場まで何時間か待機したが、この地に来て、今まさにここで踊りが見れるのだと思うと、私たちは興奮していた。バラタナティアムを通して出会えた仲間の存在は大きくて心強く、とても楽しい時間だった。どの会話にも共感することが多く、前向きになれる最高の環境に感謝した。

いつもお稽古でいろいろ教えてくれる大好きな2人。ビンディーがよく似合ってる

そう言えば、マハシバラトリのクライマックスとなるこの日は、夕方ごろから街なかで道路規制が敷かれ、歩行者天国に。寺の外にもさらに多くの人が集まっていた。お祭りの大きさが伝わってくる。

門前町には多くの店が軒を連ね、見ているだけでも楽しい。美味しい南インド飯を出すベジレストランを見つけ、連日そこに通った。空いた時間には一人でぶらりと街散策に出かけ、寺周辺の地理を頭に入れることができた。意図せず、観光客は踏み入れないであろう路地裏にも遭遇したが、やはり自分の足で歩くと、その土地の記憶がより鮮明になる。

私はブラウス修繕をしてくれるテーラー探しに奔走

舞台前の観客席にやってくると、すでに後ろのほうでは大勢の人が寝ていた。深夜0時を過ぎているのだから、眠くもなるだろう。私たちは興奮で目が冴えていたのだが。帰国後、先生が「あのとき、後ろのほうで皆たくさん寝ていたわねえ」と淡々と言っていて、そりゃ舞台からはよく見えるだろうな、と思ったのだが、何十年もこの南インドに通う先生には特段なんということもない様子で、私はそちらのほうに感心してしまった。

観客席は満席だが、後方は寝ている人も多い

奉納は、前回のステージとは全く違う雰囲気だった。その土地や寺院の空気感もあるし、インドあるあるらしいが、公演中も人がステージ前を自由に行き交う姿に、日常に溶け込むバラタナティアムを強く感じていた。演目はチダンバラムで一度見ているが、その土地の空気感など、ちょっとしたことでも大きく印象が変わるように感じた。舞踊を習いはじめ、まだまだわからないことのほうが圧倒的に多く、日々修行中だが、一観客として、踊りと観客との一体感のよううな、舞を通じた空間の繋がりに改めて感動していた。そしてそれはとても美しかった。

先生たちの後に踊るらしい少女ダンサーたちも、少し緊張したような面持ちで脇に控えていた。お寺の外で、自信たっぷり誇らしげに撮影に臨んでいる少女たちの姿を見ていたが、本番前の表情は皆真剣だった。

緊張した面持ちの少女ダンサーたち
目を奪われた美しく独特のスタイリングの少女。「伊勢丹ガール」と呟かずにはいられなかった。

見慣れない独特の衣装や振り付け。これはバラタナティアムではなく、どこかの村に伝わる部族の踊り、のようなものであるらしい。

公演が終わって屋外に出ると、寺院の小さな売店で飲み物やスナックを買い、石畳で皆おしゃべりを楽しんでいた。お祭り終盤の余韻を残した賑やかさが寺院を包んでいた。インドの人たちの”見知らぬ人との自撮り合戦”にもすっかり慣れてきた。何人もの地元の人たちが、「あなたたちもどうぞ」と言ってお供えのお菓子を持ってきては親切に私たちにも分けてくれた。心地よい初夏の夜のような気候が、アドレナリンリッチになった私たちをそっと優しくなでていた。