旅のロールモデル

くうさん

くうさんはもともとメーカー開発勤務の女性で、薬学に興味を持ち編入生としてやってきた。その頃、私はまっさんと海外談義に明け暮れていたが、そこに彼女が加わるのも当然の成り行きだった。

人見知りせず、気になったことはとことん追求するタイプで、知り合いの数も半端ではない。京都出身の彼女は、定期的に京都駅に出向き、困っている外国人(時に日本人)を見かけては躊躇なく手助けをしていた。

メトロポリタン美術館にて

海外におるとき、自分が親切にしてもらってるから、日本におるときは困ってる人を見かけたら、体が動いてしまうんよ。

そう言って、分厚い名刺の束を見せてくれた。全て声をかけて知り合った人たちらしい。そこには、見返りやビジネスなどといった窮屈そうなものは一切なく、”今度、この人の個展に招待されたから行ってくるわ”と目を輝かせていた。人との出会い方は、偶然だけでなく必然的でもある。彼女の行動力にはいつも感服していたが、それ以上に、驚くほど謙虚な姿勢には尊敬の目を向けずにはいられなかった。

文学や歴史にも興味関心が高い彼女とは、古典文学から近代文学、哲学に至るまで、いつも遅くまで論議していた。大学に入って、これだけ古典論議をしたのは彼女しかいない。もともと古典文学の道に進もうと考えていた、という私の話をいつも興味深そうに聞いてくれた。京都へ一緒に歴史探索に出かけたこともあった。

そして旅慣れている彼女は、小型ショルダーバックだけを携さえて海外に出る。

身軽なほうがええやん。案外いけるもんやで。

彼女の旅スタイルは、今でも私の憧れ旅スタイルの頂点に君臨している。ミニマムで機能的。ジョブズを彷彿とさせるタートルネックも彼女のスタイルのひとつだった。彼女は黒を着なかったけれど。

私が不慣れな海外に出るときには、歴史的な視点から、現地の人の考え方や行動、国民性など、実際に旅先で感じたことなどをいろいろ語って聞かせてくれた。彼女はいろいろな国を旅してきたようだったが、そのなかで彼女が注目しているのが、衛生環境や治安が安定しない国々だった。”観光ではない目線”を海外に向けていた。

まっさんが、どちらかと言えばリアルな”今の状況”を教えてくれたのに対し、くうさんはアカデミックな視点から”今に至る歴史”を教えてくれた。やはり、両者がいて初めて見渡せる世界があった。2人の生情報を背負って、私はアメリカへ渡航した。

NY自然史博物館にて

卒業後はしばらく疎遠になっていたが、念願の青年海外協力隊となりインドから帰国した彼女から、数年ぶりに連絡があった。

アッサム渡したいねんけど、会わへん?

久々の再会だったが、会えば空白の時間はすぐに埋めることができた。洒落た高層ホテルのカフェで、彼女の体験したインドの喧騒が鳴り響き、そして過酷な現場の実情を知った。

やっぱり一緒に話すの楽しいなあ。

彼女は、いつものショルダーバックから、簡易に包まれたアッサムの茶葉を取り出した。

本場の紅茶はほんま絶品やってん!ぜひ飲んでほしくて。

そう言って、キラキラした眼差しで手渡してくれた。

行動力あふれる彼女とは、今でも定期的に連絡を取っている。自身の旅のスタイルを振り返り、年々彼女のスタイルに近づいていっているのではないかと感じるときがある。彼女は多分、永遠に私のロールモデルだ。