フレンチサウンド
パリ旅行
音楽を聞いていると、その国の情景が浮かんでくることがある。耳に心地よいフレンチのサウンドにパリ旅行の写真を見返していた。珍しく女子4人旅で、最初から最後まで楽しい思い出ばかり。

広角で見渡す街は灰色で殺風景なのに、ひとたび街に繰り出すとアーティスティックな店のショーウィンドウに釘付けになる。そのおしゃれな通りには、きまってゴミが落ちている。それは、整った美しさに嫌気がさしたかのように。フレンチのエスプリが効いている。
フランス人は気取っていて、尋ねても頑なにフランス語を使う。
そんな皮肉めいた言葉を幾度となく耳にしたが、これは半分正解で半分間違っている。
”○○人は○○だ”というようなマイクロアグレッシブな発言、これは無意識の差別。先入観を捨て、カテゴライズしないこと。”カテゴライズ”については、以前、モントリオールでエルと再会した際に強く意識したが、時系列に並べると、このフランス旅はそれよりもずいぶんと前の話になる。(エルとの再会はこちら)
フレンチ
大学での第二外国語はフランス語を選択した。医療系の性か、同学年の9割はドイツ語を専攻していて、フランス語クラスはなんともアットホームだった。
ジーン·ケリーがフランス文化に傾倒していたことを知り、その点だけを追ってフラ語選択にしたのだが、結果的に”当たり”だった。
先生は、フランスの日本人画家、藤田嗣治をどことなく漂わせる風貌で、聞き入ってしまうような美しいフレンチを話した。
NHKの語学テキストで勉強してみたり、フレンチの歌を聞いてみたりしたが、ややこしい文法と発音にお手上げ状態、先生の話すフレンチサウンドだけを楽しみに過ごすことにした。
それでも、このフランス旅ではフランス語選択は私だけだったので、友人たちに、なにかと尋ねられることが多かった。そして、聞かれるたびにこう答えた。
Je ne sais pas(分かりません)
きっと友人たちはこの言葉を覚えてしまったに違いない。
フレンチの誇り
地図や観光案内を持っていても、わからないことだらけ。このパリの地下鉄でも乗り換えに迷って幾度となく人に尋ねた。英語で尋ねると、英語で返ってくることが多いのだが、ここフランスではフランス語で返ってくることが多かった。
これが先に聞いた、フレンチのステレオタイプなのか?と頭をよぎった瞬間、パリのマダムが”さあ、付いていらっしゃい!”とばかりに10分程度歩いて複雑な経路を案内してくれた。”英語はわからないのよ”そのようなことを言っていた。想像以上に歩いたものだから、てっきりマダムも同じ方角に向かうものだと思っていたのだが、私達が改札のほうに向かう姿を見届け、”気をつけてね、良い旅を”と優しく笑い、もときた道を引き返していったのである。
その後も、幾度となくそういう場面に出くわした。確かに頑なにフレンチなのだが、心意気が伝わってくる。それは、”気取る”というややマイナスイメージのものではなく、”誇り高き”フレンチとでも言おうか。パリを離れるとまた違うのかもしれないが。
その後、フランスの友人から、フランス人と英語の関係を聞いたり、現地在住の日本の友人から日常生活の現実面などを聞いたりして、リアルなところはまたもう少し違っているのかもしれないなと思ったが、旅で立ち寄った私のフランス評はそんな感じ。
フレンチカフェ
偶然見つけたカフェでランチをとることにした。1階がバーになっており、昼間からお酒を楽しむ人が多かった。ゆっくりランチをしたいのだがと伝えると、静かな2階席に案内してくれた。先客はおらず、座席が小綺麗に並べられていた。
まだ、マドモワゼルと言ったほうがよいような、同年齢かやや上くらいの女性が給仕担当だった。そして、例外にもれず、彼女もフランス語だった。

英語メニューもなくオールフレンチ、マドモアゼルもフレンチ、参考にしたい先客もなし。ピンチ!
得意のボディーランゲージと、美しい発音の藤田嗣治に教わったちっぽけな知識で挑む。
なに、伝わらなければインスピレーションのわくローマ字の何かを選べばいいだけの話。←

しかし、このマドモアゼルがすごかった。
私たちが指差すもの全てにボディーランゲージとフレンチで丁寧な解説を加え、説明しきれない場合は実物をその都度キッチンから持ってきてくれた。
例えば、デザートにチョコのスイーツを頼んだのだが、このチョコの種類がハンパではなかった。おそらく、カカオの割合と産地などで細かく分類されていたのだろうが、マドモアゼルは、調理前の数種類のチョコを小皿に入れていくつか持ってきてくれた。
スイーツって重要よね。私はこれが一番なんだけど、どれが好みかしら?
いたずらな表情を浮かべ、私達に少し舐めてみるようにと差し出した。
嫌味を言うどころか、笑顔で”これも見てみる?”、”他になんか気になることない?”と最後まで親身な対応で心地よかった。フランスではチップはマストではないが、全員一致でチップを渡すことにした。
そして、さらに驚いたことに、運ばれてきた料理が想像以上に絶品ぞろいだった。正直なところ、1階のバーが賑わっていたので、レストランメニューにさほど期待はしていなかった。
C’est délicieux!(おいしい!)

フレンチは気取ってる?
Non. Il vaut mieux y aller. (そうは思わない、行ってみたほうがいいよ)
このフランス旅では、言わずと知れた観光名所を訪ね歩いたが、何年経っても鮮明に覚えていることは、こういうちょっとしたやりとりだったりする。
旅するって、そういうことなのかもしれない。思い出して温かくなるものならなおさら。