オツベルと象
そうか、これも賢治さんだったか

童話館で象のモニュメントを見かけてハッとした。
オツベルときたら大したもんだ
国語の授業
もともと国語が大好きだった私は、中学での国語の授業をとても楽しみにしていた。小学6年時の担任は大の国語好きな先生で、終わりの会で毎日10分間だけ本の朗読をしてくれた。生徒に人気の優しい先生で、それもあってか国語好きが加速した。
「オツベルと象」は、中学入学一発目の国語で学習した教材だった。まだ少し肌寒い春、着慣れないセーラー服に身を包み、これからの中学生活に緊張感のある面持ちでのぞんだのを今でも覚えている。
ワンレン先生
中学の国語の先生は、赤いリップと肩上ワンレンボブがトレードマークの40,50代の女性の先生だった。その”ワンレン”は、定規を当ててカットしたのかと思うほど一寸の狂いもなく真っ直ぐで、それは先生の性格、雰囲気をそのまま形容しているようだった。
ワンレン先生は、どちらかと言えば”こわい”印象だったが、多感な中学生を相手にする現場の質上、”こわい”先生ばかりだったので、特に際立ってこわいというわけではなかった。颯爽と扉を開けて、教壇に立つ。授業中、髪が顔にかかると表情を微動だにせず顔をさっとふって、いつもさらさらのワンレンを颯爽となびかせた。その完璧なまでの所作に、社会の授業で習った”鉄の女”という言葉が思い浮かんでくるほどだった。
しかし、先生がこのフレーズを読むときだけは、唯一軽快さを感じていた。
のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている
ワンレン先生の本読みはリズム感があって、真面目にかしこまった文章のなかにはいつもエッセンスが添加されていた。
ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア
部活に勉強にと全力だった中学時代。授業はいつも”試験”を意識したものばかりで、国語も例外ではなかった。相変わらず”国語好き”ではあったが、作品を読む楽しさのようなものが減ってしまったように感じていた。それを埋めるかのように、図書室に行って、好きになれそうな本を探していた。
そうこうするうちに学年もあがり、すっかり学校に慣れた頃、図書室にいつもどおり本を探しにいった。図書カードを書いていると、久しぶりにワンレン先生が目の前に現れた。中1の頃に感じていた”鋭さ”のようなものはいっさいなく、穏やかだけれど、どこか寂しそうな目でこう言った。
あら、いい本を借りているわね。それ、おもしろいわよ。そうね、それを読んでいるなら、あの本もおすすめだから読んでみるといいわ。
その後、”最近先生の身内に不幸があったらしい”という噂を耳にしたが、それで少し寂しそうな目をしていたのかどうかは分からない。先生に勧めてもらった本はおもしろく、その作者の作品は読破した。
それから年月はたち、”オツベル”も”ワンレン”も記憶の奥に消えていった。けれど、大人になって読む小説は先生に勧めてもらった本から派生するものも多かった。
再会
とある日、職場に”ワンレン”の女性が現れた。颯爽と歩く姿に、中学時代の思い出が一気に蘇ってきた。卒業してから10年以上経過しており、人違いかもしれないと思ったが思い切って話しかけてみた。
○○中学でお世話になりました。○先生でしょうか?
すると、その女性はたいそう驚き、「...え、あ、はい?」と恥ずかしそうに答えた。
(本物のワンレン先生や!!)
あのとき図書館で勧めてもらった本はおもしかったと礼を言い、その後も文学好きであることを伝えた。すると、先生は図書室で見たときのような優しい眼差しを向けて、嬉しそうにこう言った。
これまで大変勉強されたのね。卒業生が、こうやって立派に白衣を着てお仕事をされている姿を見て嬉しいわ。
結局先生の授業を受けたのは中1国語のみだったので、私のことは覚えていないようだったが、それでもお互い”あれから”の出来事を簡単に紹介し合った。先生のことを、当時一瞬でも”こわい”と感じたことがあるのが幻かのように、話は弾んだ。先生の口調は優しかったが、ハキハキとした話し方は当時と同じだった。
数日後、綺麗な花束を持ったワンレン先生が職場に現れた。先生は私を見つけて微笑み、その大きな花束を差し出した。
これからの新たな門出に、これ、私の気持ち。また新しい日が待っているわね、楽しみね。
私はその時ちょうど転職前で、近々大阪に越して全く別の職に着く予定になっていた。会話のなかでふと話したそのことを覚えていて、わざわざ花束を渡しに来てくれたのだった。一言二言交わして、先生はまた颯爽と去っていった。
偶然再会したワンレン先生から、嬉しい言葉と花束のサプライズ。
あれから、さらに年月はたち、話のネタは増えている。オツベル風に言うとこうだ。
とにかく、そうして、のんのんのんのんやっていた。
先生はお元気だろうか。
オツベルと象のモニュメントを見て思い出したのは、そんなワンレン先生のお話。