高月駅

滋賀での滞在は、高月という場所に決めました。大阪の高槻ではなく滋賀の高月です。京都方面から向かうと、長浜駅からさらに3駅行ったところにあります。

雰囲気のよい高月駅前、観光案内所の方も親切

昨日、お宿の部屋に置いてくれていた手作りの観光ガイドを眺めながら、今後の予定を考えました。もともと友人と琵琶湖周遊ドライブの予定でしたが、一人だとやはり予定が変わってきます。

ここらは何もないようだし、さっさと長浜でぶらぶらするか。

翌朝、オーナーさんに「今日はほんまええ天気やで。伊吹山登りなおすか?」と言われながら駅まで送っていただきました。一人旅に急遽変更になり、10Lザックに全てを詰め込んでやってきたため、心身ともに軽やかでした。旅慣れた大学時代の親友が、小型ショルダーだけで海外渡航していたのがいつも脳裏に焼き付いており、常に小型化に憧れています。安心と快適さを備えた小型化が目標です。

観音さん以外特に何もないところやけど、またおいで。案内するわ。

電車の本数は1時間に1本程度なので、少し余裕を持って駅に着きました。この駅には自動改札はないのですが、駅員さんが1人だけ駐在しています。切符を発券してもらっていると、駅員さんが笑顔でこう言いました。

十一面観音さんは見てきた?

見ていないと答えると、間髪入れず駅員さんはこう言いました。

え、見てないんか!!近くやから見てき!

どうやら、国宝の十一面観音さまが近くのお寺にあるということでした。ここ湖北地方は観音の里とも呼ばれ、観音様を見に全国から人がやってくるのだと教えてくれました。長浜観光以外特に予定もなかったので、駅員さんの熱意におされ行ってみることにしました。昨日の観光ガイドで観音様が有名だと書いてありましたが、特段気に留めていませんでした。”興味わかなかったら、とりあえず見てすぐに出てこよう”

ウォーキング大会が開かれていたのか、駅前にはスポーツウェアを着た人とその大会スタッフの姿を見かけました。陽気な天気で、まさにウォーキング日和。穏やかな空気感が漂うなか教えてもらった渡岸寺観音堂に向かいました。駅からは歩いて10-15分程度です。

国宝 十一面観音像

本物は撮影禁止なのでこれでご堪能ください

しばらく歩くと住宅地のなかに、雰囲気のよいお寺が現れました。

渡岸寺観音堂

正念寺で滞在させてもらって以降、いろんなお寺を見るたびにそこの雰囲気を見てまわるようになりました。以前よりも、お寺という場所が身近に感じるようになった気がします。そこがいいとか悪いとかではなく、歩いたときに感じる居心地のよさや雰囲気を肌で感じるようになりました。

「なかで詳しいお話が聞けますよ。わからないことがあれば遠慮なくお尋ねください」

本堂前の受付で拝観料を払い、観音様がいらっしゃる収蔵庫へ向かいます。もともとは観音堂にあったようですが、気象条件等も考慮し将来に続く安定した保存のため収蔵庫に移されたようです。

頑丈な扉が開き、観音様の姿が間近に現れました。すらっとした体型でモデルのようなポージングです。

平安時代初期の作品であるこちらの観音様。平安初期といえば、私が高校時代に傾倒していた平安中期の作品”更級日記”よりもさらに古いものになり、なんだか感慨深くなりました。日本全国に7体ある国宝十一面観音の中でも最も美しいとされ、日本彫刻史上の最高傑作言われているようです。装飾のスタイルはインドスタイルが主体となっています。

まず、観音様のまわりをじっくりぐるぐる周り、おおまかに観察しました。普段ならこれで終わることが多いのですが、この観音様には不思議と惹きつけられました。一本の木からなる木彫りだと伺いましたが、まるで磨かれた金属面のようになめらかです。

流行り病を抑えることを祈願して彫られたものの、戦国時代に織田信長による寺焼きが行われるなか、村人たちの信仰により地面に隠されるようなかたちで埋められ戦火を免れてきたと伝えられているそうです。しかし、その保存状態の美しさにはため息が出ます。

「なかには1日じっくりと観察されていらっしゃる方もおられますよ」

館内では、学芸員のような男性がひとりいらっしゃって、一から丁寧にいろいろと解説してくださいました。私自身、観音様に対する知識はほとんどないのですが(聖おにいさんの知識のみで渡り歩いています)、観音様を間近で見ているといろいろと気づく点がありました。他に拝観者がいなかったことをいいことに質問魔に。返答からは、男性自身も観音様に魅了されていらっしゃる様子が伝わってきました。圧倒的な知識で全ての質問に分かりやすく解説していただきさらに興味が湧いてきました。

観音様なのですが、十一面のなかには牙を剥き出した面や怒りの面も掘られています。光の当たり方を少し変えるだけでその表情はがらりと変わります。背面には暴悪大笑面と言われる面があるのですが、光の当たり方により怒りのような影を持った笑いのような複雑な表情に変化します。白洲正子さんが拝観された際に大笑面を見て、「私には笑いには見えないわ。怖い顔をしているわ。」というようなことをおっしゃられたようです。見る人や場所、時刻の違いによっていろんな風に見えてくるのは興味深いですね。

文字であれこれ書いてもあれなので、ぜひ一度見にいってみてください。美しい観音様から今につながる歴史を感じることができます。そして気になったことがあれば、ぜひ質問してみるのがおすすめです。1日観音様を見ているというのはにわかに信じがたかったのですが、これは1日滞在もできそうだなと思うようになるほどに魅了されてしまいました。長浜観光も控えているため、男性に礼を言い観音堂をあとにしました。結局1時間近く滞在していました。

駅に戻り、すすめてくれた駅員さんに礼を言いました。駅員さんは、この地方のご出身とのことで、昔から観音さまに関するイベントにも参加されてきたようです。「気に入ってくれて嬉しいわ。美しい観音様やったろ?」

あれはミロのヴィーナスならぬ、高月のヴィーナスや

思わぬ観音様との出会いに満たされ、長浜に向かいました。

今後、十一面観音めぐりもおもしろそうやなあ。

覚書
・十一面には本相を含む

・本相の頭の中央にあるミニ観音は本相の化仏で十一面に未カウント

・イヤリング等の装飾をすることと衣装デザインがインド風(イヤリングのデザインは小鼓になっており和風)

・実は手が長すぎるが、これは手を伸ばして多くの人を救うため

・正面はモデル体型だが、横からみるとややふくよかという多面性

・一般的な十一面観音ヘア;ターバンの上に残りの面のせる、高月の観音ヘア;上段に7面、下段に4面

・最上段の面のヘアデザインはさらに5体の仏様

・左手の瓶には、諸説あるが昔花が生けられていた可能性(薬師如来ではないので薬瓶ではない)
渡岸寺観音堂(向源寺)