Štrbské Plesoからリシー(Rysy)

ポーランド最高峰

リシー山はタトラ山脈、そしてポーランド最高峰。山岳ガイドなしでも登頂できる。リシーの意味は「割れ目」という意味らしい。

スロバキアの国旗に描かれる山はタトラ山脈

リシーへは、ポーランド側からとスロバキア側からの2つのアプローチがある。ポーランドはザコパネ、スロバキアはŠtrbské Plesoがスタート地点になる。今回は、もちろんスロバキア側から。ポーランド側からのほうが難しいらしい。どこかのサイトで、リシー登山の難易度は”日本の北アルプス程度”という書き込みを見たが、日本アルプス登山はしたことがないので比較できない。残念だ。

リシー登山に”晴天”という冠が常に付くならば、ここは、そびえ立つ山々の美しさが堪能できて、チェーンやハシゴのワクワク感も味わえる山好きにおすすめの場所。しかし、ここはハイタトラス。多くの山がそうであるようにここの天候もめまぐるしく変わり、私たちはこれを”魔の13時”と呼んでいた。目を見張るような快晴だったとしても、13時を境目に天候だけでなく季節まで全てががらりと表情を変える。改めて、山の表情は標高に比例しないことを思い知らされた。

とにかく生きててよかったよね

下山後の第一声はこれだった。リシー山頂アタックは、これまで経験したどの登山よりも”最恐で最高”だった。危険と隣り合わせだったトレックに”最高”という表現が適切かどうかわからないが、登山翌日不思議と疲れが残っていなかったことを思い返すと、”ああ最高の山行だったな”、と思い返さずにはいられないのだ。”相棒”も激しく同意するに違いない。

ルート

Štrbské Plesoまで登山鉄道で向かい(トレッキングルートもある)、そこからからリシー山頂を目指すピストン。冬場は積雪で危険なため5月末から9月の登山推奨。

はじめは緑の木々に囲まれながら森のなかを歩いていく。次第に木々は低くなり、草と岩が目立つようになる。

道は分かりやすく整備されて標識もあり、道迷いは起こしにくい。チェーンとハシゴがあり、そこで少し並ぶこともあった。

山行の詳細シュミレーションは、何度か紹介しているこちらのウェブサイトが大変わかりやすい。

持ち物

夏山日帰り登山の準備(レインジャケット必須)に加えて、冬場の軽ハイキングを想定した温かいジャケット、インサレーション、手袋(できれば防水も)も持参すること。替えのソックスもあればよい。7月の山行だったが、魔の13時前後から気温が急降下、雨、雪、ひょう、雷と悪天候になり、インサレーションを着こんでもまだ寒かった。パッファージャケットも持参したほうがよかった。積雪も見られたが、チェーンスパイクの出番はなかった。悪天候になると手のつけようがないほど激しくなるので、ゲイターもあったほうがよい。虫除けスプレーは出番なし。山小屋を利用するなら現金の持参も忘れずに。

相棒

もともとソロ登山の予定だったが、友人マトゥースが同行してくれることになった。

日本文化に興味持っていて日本語も勉強しているマトゥース。登り始めからずっと弾丸トークしてて、山行中にこんなに喋りまくったのは初めて(笑)山行中に喋りまくるのはウチの父だけだと思っていたけど、私もそのDNAは持っていたみたい。

山小屋緊急時のスロバキア語通訳、過酷さを忘れる弾丸トーク、ソロ登山にはない安心感。彼がいなければ、今回の登山はどうなっていただろう、想像もできない。感謝。

絶景を眺めながら

道は特に難しいものではなく、天気もよくて夏のハイキングをめいいっぱい楽しんだ。日差しは想像以上に強く、真っ赤に日焼けした。

この場所はとても心地の良い場所で、ここで小休憩。この地点からどんどん岩場が増えていく。

絶景ポイントでもありたくさんの登山客で混み合っているが、スムーズに通過できた

ほら、Kamzíkだよ!

壮大な山を見渡すと見慣れない動物の姿が。Kamzíkとはスロバキア語で、英語ではタトラシャモアと言われている。なんと絶滅危惧種だそう。一時期、個体数は200頭を下回り、2001年からの観光に関する厳格な規制と密猟の抑止策が功を奏し個体数は劇的に回復したらしい。依然として絶滅危惧種ではあるものの、現在は国立公園によって保護され1000頭前後までになっている。

その姿を見た瞬間、こう呟いた。

シシ神さま

その姿はあまりにも神々しく、お面を付けたような顔も、もののけ姫のシシ神さまそっくりだった。スロバキアではシシ神のモデルだと言われているとか、いないとか。(公式にはシャモアの記載は見当たらなかった)

湖を過ぎると、チェーン、ハシゴが続くようになる。このあたりから天候も次第に悪くなり、足場も悪くなってペースが乱れ戸惑う人たちを見かける。ポールを持って登ってきていた年配のご婦人が途方もない表情を浮かべて立ちすくんでいた。

ちょっと想像以上だったわ。ポールも便利だけど、ここでは邪魔ね。

膝負担軽減のためにポールを使ったほうがいいとよく勧められるので、何度かポールを持って山行に臨んだことがあるが、ポールさばきが下手過ぎて、ただの嵩張る重荷にしかならずほぼ使っていない。そう、このご婦人のように、ポールを持て余して進めるところも進めなくなる気がして仕方ないのだ。部屋に眠るポールは宝の持ち腐れのようになっているし、練習しなきゃな〜とは思うのだけれど。

私が持ちますよ

マトゥースがご婦人のポールを抱えて進み始めた。(すごいぞ!マトゥース!)

どんどん登っていくと、湖が見渡せた。

時折ちらついていた雨は次第に土砂降りになり、雪に変わり、突風に雷、ひょうが降り始めた。体温は一気に下がり、インサレーションを着込むが追いつかない。想像以上に横なぐりの雨で靴のなかはまさかの浸水状態。濡れてさらに下がる体温。寒さと視界不明瞭、そしておどろおどろしい雷鳴は鳴り止まず、気が動転しそうになった。

この先に山小屋(Chata pod Rysmi)がある

その山小屋の存在にすがりながら必死で岩をよじ登る。無だった。ここからしばらく写真はない。

真っ白に霞んだ視界のなかに、建物を見つけた。とにかく中へ入りたい。限界に近づいてきた体力をふりしぼって入り口を目指した。山小屋は、同じ思いでたどり着いて避難する登山客で溢れかえり、中に入るのも難しい状態だった。それでも、建物が盾になって突風が和らぐだけでもありがたかった。

そして、相棒の姿を見て安堵する。一人じゃなくて本当によかった。彼も、安堵と戸惑いが混じったような複雑な表情を浮かべていて、きっと私も同じような表情をしていたのだと思う。視界の先には、おどろおどろしく佇む険しい山々が連なっていた。