奉納公演3
古都タンジャブールへ
巡礼の地を離れ、次なる地タンジャブールへ。これから先はスティーブンさんと別行動。訪れる先々で興味深い歴史をたくさん教えていただいて、旅の時間がとても豊かになった。この続きはぜひ日本で。

今回、インドでの長距離移動は車を利用している。この移動がとても快適。だだっ広い土地を貫く一本道。3人乗りのバイクの横を颯爽と追い抜かす。鳴り響くクラクション。道に寝そべる牛、犬、山羊。こじんまりとした村にさしかかると、色とりどりのサリーで道を歩く女性たち。男性たちはチャイ屋で世間話にたむろする。
普段、一人旅では公共交通機関を駆使している。修行僧のように練り歩き、乗り継ぎにあくせくし、ときに警察にとめられ、疲労困憊で一日が潰れる、というようなことも多いので、移動日は移動以外何もしないことにしている。そろそろ旅スタイルを見つめ直す時期か。などと考えながら、今は快適な車内を満喫している。ふと窓の外を見ると、何かのお店に大行列ができていた。美味い店なのか?
そして道中、恒例のチャイ休憩。

チャイを求め、地元のおじちゃんたちが続々と途切れることなくやってくる。
ダヤ先生からのメッセージに、チェンナイが京都だとすれば、タンジャブールは古都奈良のような感じとあった。
現在、タミルナドゥ州の中心地はチェンナイだが、チェンナイが発展したのはイギリス統治が始まった17世紀以降。それ以前、チョーラ朝の首都がおかれていたのはタンジャブールである。

タンジャブールに着くと、ここはそれまでの土地とは”また違う場所”だと強く感じた。小さな田舎町の雰囲気で、都会というわけではないけれど、整然、凛として美しく、歩きやすく過ごしやすい。

滞在先のホテルや、訪ねたお店はどこも清潔感があり、空間には洗練された調度品が置かれている。人も感じがよくて丁寧な方が多い印象を受けた。旅では、ほんのちょっとしたことがその旅の印象を大きく左右する。いつものことながら、食事も最高にうまい。最高だ、南インド飯。居心地がいいぞ、タンジャブール。


ブリハディーシュワラ寺院
チョーラ朝のラージャラージャ1世によって建立されたこの寺院はシヴァ神を祀り、世界遺産に登録されている。

豪華絢爛といった派手さではなく、ブロック状に積まれた花崗岩に凛とした美しさがある。チョーラ朝時代の傑作、ドラヴィダ建築というらしい。


ダヤ先生たちの奉納公演
新品のサリーを身に纏い、私たちはオートリキシャに乗り込んだ。初めてのサリーにドキドキしながら、クラクションの喧騒と砂埃のなかを進んでいく。髪に付けてもらったジャスミンの甘い香りが、気分をさらに盛り上げた。

ここでは、それまでの舞台とは少し違っていて、寺の外側に舞台が設営されていた。観客席の椅子も準備され、現代的な雰囲気。異文化のなかで過ごす時間のなかで、その土地の習わしや文化を体験することはとても大切なことだが、ここタンジャブールでは、”インドでびっくり”的な体験はほとんどなかった。今回は町の中心地しか見ていないから、郊外に出ると状況はまた違ってくるのかもしれないが。とかなんとか言いながら、この寺のトイレは、過去一レベルが高く、”インドでびっくり”体験ナンバーワンだったのは間違いない。

先生たちの奉納舞台を観るのもこれで3回目。椅子に腰掛け、舞台を鑑賞する。ダンサーとの距離は前回までよりも遠く、チケットを買ってショーを鑑賞しにきた客の気分だった。初めてサリーを身に纏い、少し背筋が伸びて浮かれていたからかもしれない。
先生たちの舞台は、スケジュールが押していたためか公演時間が短縮されたようだった。もう少し長い時間、酔いしれたかった。

タンジャブールの人たちにも、先生の踊りをもっと見てほしかったね
そう聞こえてきて、やはり皆同じ思いなのだと思った。
先生たちの公演前後にも、世界各地の舞踊家たちや現地アカデミーの生徒たちの舞台を鑑賞した。


公演後、寺のゲートが閉まっていて焦ったが、守衛のおじちゃんが開けてくれて無事に寺から出ることができた。いつもどおり、観劇後の興奮冷めやらぬままオートリキシャに乗り込み、ホテルへと向かう。部屋に戻り、私たちはおさまらない興奮のおき場所を探すように撮影会を始め、バラタナティアムの音楽をかけながら、あれが格好よかった、これが頭から離れないなどと興奮気味にいつまでも話し続けた。ジャスミンの花が、まだ芳しい香りを放ちながら夜を告げていた。