長崎は一人でぷらぷらと散策するのに最適な街だなと思っている。その歴史から国内外の観光客を多く目にする言わずと知れた土地だ。そういえば修学旅行で、折り鶴を平和公園に納めた思い出がある。

ハート見つけた

九州勤務時代から、私は九州が好きだ。自然豊かなことはもちろん、何より人が温かく食べ物も美味しい。九州とひとくくりに言ってもいろんな県があるし、確かにいろんな人がいるのだけれど、ここ長崎も例外にもれず人の温かさを感じている。

カウンター席にて

ある日、晩御飯を食べようと調べていた寿司屋を訪ねると定休日だった。途方に暮れていると近くの店の店主が近づいてきてこう言う。

「寿司が食べたいのかい?ここもうまいけど、近くにもうひとつうまい店があるよ。人気だから入れるかわからんけん、大将に頼んであげるわ、知り合いやけん。」

見知らぬ土地で今から店を探すのも億劫だし、こうなったら任せてみよう。くねくねとした路地裏をすり抜けて渋い雰囲気漂う寿司屋に案内してくれた。暖簾をくぐると、にぎやかな笑い声が響く店内は地元客で満席だった。

「この子、一人やけん、入れてあげてええかいね?」

活気がありいい匂いの店内を見て残念だなと思いながらお礼だけ言って帰ろうと思っていると、カウンター席のお客さんたちが振り返り「どうぞ、どうぞ。ここ座り。狭いけどね。ここ美味しいけん。」と席を詰めて一人分空けてくれた。案内してくれた店主に礼を言い、親切なカウンター客に挟まれて腰掛けた。それぞれが個々に来ていたが、皆地元の顔馴染みのようだった。メニューはない。左右からおすすめの酒やネタ情報が飛んでくる。「これ食べてみ、人気だから気に入ったら早く頼んだほうがいいよ」と勧めてくれる試食品だけでも腹がふくれそうだった。そして、その一口目で分かってしまったのだ。

ここ、めちゃ美味い店やん。大当たり。

隣の客と何時間も話し込んだ。酒の席で聞く人生論のような話を聞くのは好きなのだ。酒でいい具合に温まった伝記。

「大将、いつもの!これ、今日出会えた記念ね。話せて楽しかったから。」

そう言うと隣席の女性が芳醇な米の香りのする濁り酒を奢ってくれた。どうやら、この時期に決まったところでしか飲めない貴重な地酒だと言う。濁り酒がこんなに美味しいと思ったのは初めてだった。

「飲みやすくてぐいぐい飲めてしまうけん、飲み過ぎ注意よ。甘いけど強いお酒やけん」

そう忠告を受けたが、あまりに美味しくその後も何度か注文した。大将手作りの煮込み料理もおいしく、腹が膨れても箸が止まらなかった。女性が帰ったあとも、入れ替わる客たちと談笑しながらカウンターで一人過ごした。地元の一員になったようで嬉しかったし、一人旅の醍醐味を噛み締めていた。

長崎駅前

お会計を済ませると、時刻は深夜になっていた。店内を出ると涼しい風が火照った頬を心地よく冷ました。「少し飲み過ぎたかも」普段酔わないので具合がよく分からなかったが、これが俗に言うへべれけかと思いながらご機嫌な足取りでゲストハウスに向かった。今思えば、そんな状態でよく道を覚えていたなと思う。すると、女性が駆け寄ってきた。先に帰った隣席の女性だった。

「よかった!間に合って。大将に聞いたらもう出たっていうけん。これ渡したかったの。」

そう言うと、長崎の名所が描かれた可愛いデザインのクッキーボックスだった。

「いや、私もね、いろいろ悩んでることあるけど、今日話せて本当によかったなって思って。あなたよりだいぶん年上だけど話してスッキリしたし、お礼言いたくて。今日お店行ってよかったわ。これ、よかったら食べて。旅気をつけてね。」

そう言うと女性は颯爽と立ち去っていった。お礼を言うためにわざわざ買って、手渡しにきてくれたのだ。今日出会ったばかりで、数時間話しただけだったが、記憶に残る寿司屋になった。そして、あの地酒を超える酒にこの先出会えるのだろうか。

ぽかぽかとしたへべれけ状態でゲストハウスに戻ると、ドミトリーは真っ暗で皆就寝していた。深夜なのだから当然かと思ってベッドにバタッと倒れ込むとそのまま眠ってしまった。深夜に酔いどれでゲストハウスに戻るなんてことは後にも先にも最後だ(と思う)が、その様子を見ていたらしいドミトリーのMちゃんとはその後も楽しく交流が続いている。