仙人の統計データ

キノコ

”キノコ”と聞いて思い浮かべるのはどんなキノコだろうか。

私は、スーパーでよく売っているあれだ。きれいにパッケージされ、値段も手頃で買いやすい。

修行前、姐さまがこう言っていた。

野生の山のものはスーパーのとは別ものだと思ったほうがいい。一度ぜひ食べてみてほしい。

そう、本日のメインイベントはキノコ狩り。このキノコ狩りというのは、想像どおりそう簡単には見つからない。

師匠の脳内マップ

チームが吹きならすけたたましい笛の音にも慣れてきた。”一元さん”の私の声は、ここらの熊に認識などされているはずもなかったが、時折声を出して参戦した。もはや、どこを歩いているのか見当もつかなかった。道がないのだ。もちろん地図もない。山をどういうふうに歩いているのだろうか、ただただ仙人のあとを追いかけた。

ただ一つ言えるのは、普段の山登りなら、絶対に立ち入らない場所だということ。

薮をかきわけ、崖になっている雑木林を足元に注意しながら降っていく。少しでも注意を怠れば、あらぬ場所に落下しかねない。この湿り気を帯びた、いかにも微生物たちが好みそうな土壌の上では、TX5より仙人妻の長靴のほうがよほど役に立つことが実感できた。足の裏がその豊かな土壌の形になっているのが分かる。

仙人はどこへ向かっているのだろう。ただやみくもに歩いているわけではなさそうだが、変わり映えのしない景色に目印などは見当たらなかった。

師匠はね、頭の中に数十年分の統計データを詰め込んでいるんだよ。

不思議に思う様子を察してか、後ろから来ていた弟子の武田さんがそう教えてくれた。

私たちは、師匠の脳内マップの上を歩いていた。

ただのマップではない、マップ上で起こるあらゆるイベント情報が季節ごとに細やかに記録されている。”ここはこちら側を歩くといい”とか”ここのあれはまだ咲いていないな”など目印などない場所での言葉はこのデータであったらしい。人気の登山道のように、現在地を知らせるマップであったり、これはこの植物ですよと写真付きで載せてくれているものなどあるはずもなかった。

しかし、どれだけ慣れ親しんだ場所であっても、仙人は常に周囲をチェックし細心の注意を払っていた。それは、恐れとか、そういった類のものではなく、自然への敬意のように感じられた。

金銭目当てで不法に立ち入るキノコハンターもおり、仙人の情報を聞き、なかにはこっそりと仙人のあとを付けてくる人もいるらしい。師匠の脳内マップは一朝一夕に獲得できるものではない。弟子たちが尊敬の眼差しで見つめる理由も納得できる。

野生のマイタケ

仙人が最初に目星を付けていたナラの木に着くと、歓喜の声が上がった。

きのこ王国来た

見たこともない大きさのマイタケがどっしりと生えていた。手前のものは2kg程度はあるようだ。大人の頭数人分はありそうだ。歓喜に沸く私たちを見て仙人も満足そうな表情を浮かべた。

さあ、はじめようか。

きのこ採取法

こんな巨大なマイタケをどう採取するのか。

大きいので採取は2人がかりで行う。

まず素手で、2人でマイタケを掬い上げるようにして両手を付け根の部分、奥深くまで突っ込む。キノコの生える土壌は微生物、地下の住人たちの棲家。ひんやりと湿り気を帯び、ときおりヌルっとした奇妙な感触もあった。普段の感覚であれば、こんな得体の知れない場所に素手を突っ込むなんて荒業は御免なのだが、不思議と、すんなり不快感を感じず、素手をさらに奥の方まで突っ込んだ。今思い返すと正気の沙汰では無理な気さえしているのだが(笑)マイタケが顔の近くまできていた。

掛け声とともにそれを同時に掬い上げた。

ミシッ

マイタケが土壌から引き離されると同時に、けたたましい数の地下の住人たちが空へふわっと舞い上がった。あたりはその住人たちで覆いつくされた。

なんじゃこりゃ

いろいろ気になったが、気にすると何もできなくなりそうなので、その方面の思考回路は停止させておいた。マイタケの跡地ではにょろにょろした見たこともない生物たちがウヨウヨしていた。

ラガーマンの巨大なバックパックに丁寧に入れ込んだ。

その作業を何度か繰り返すうち、その動作にも慣れてきた。あいかわらず地下の住人たちはうようよしていたが、マイタケの成長に彼らも一役買っているのだろうから。

後始末

土壌をもとに戻そうと木の根に近づくと、仙人と弟子の武田さんから慌ててストップがかかった。

ストップ!踏んだらダメだよ。

そう言って、仙人は、優しく赤ちゃんの肌を撫でるように土壌をふかふかの状態にならしていった。周囲の土壌と幹を傷つけないよう注意深く作業を進めていく。考えなしに土を踏み固めてしまうと胞子が育たず、キノコは生えなくなってしまう。

登山時にも、湿地保護のために人工的な通路が敷かれていることがよくあるが、あれと同じことだ。ヒトが歩き、踏み固められた場所は不毛の土地になってしまう。作為的でなくとも、自然のサイクルを犯してはならない。自然との共生にはバランスが大事。この私たちの、何気ないちょっとした動作が”破壊”になったり”保全”になったりするのである。

こうやって、明日にはまた別の場所で別のマイタケが生えているんだよ

その後もいくつかの目ぼしいスポットを周ったが、この日は結局これが最初で最後の収穫だった。

自然相手だから無茶はしない。全て自然に任せる

こうして数十年、仙人はこの土地の自然と対話してきたのだろう。

とても満たされた気分になって、森の中を歩いた。熊よけの笛がけたたましく鳴り響いていた。