三倉岳を無事下山し、麓の町まで辿り着いた。終バスの時間まで休憩する時間はあるものの、パッとみたところカフェや喫茶店と言ったものは見当たらない。都会から離れたこの土地柄、その手の店はなさそうだということは容易に想像がついたし、もしあったとしても、土地勘のない人間が探し当てるのはいささか無理がありそうだった。

栗谷町だから?栗が1つぽつんと置いてあった

小腹もすいたし(いただいた外郎持ってくるんだった)人の姿も見かけぬままどうしたもんかと歩いていると、大きな町から移動販売に来ている車のそばで一人の年配男性の姿が目についた。迷わず男性に駆け寄り、喫茶店はないかと尋ねてみた。

「あるよ」(おお!即答)

「けどね、緊急事態宣言とかあったじゃない。営業しとるかわからんよ。もう少し歩いた先に手作りの看板があるからその方角に進んだらいい。少し入りくんだ細い道を進むと神社が見えるからそこを右〜からの〜からの〜(よく覚えた私!笑)ちょっとわかりにくいところにあるんよ。でも一度訪ねてみたらええ。」

道順を復唱し男性にお礼を言って、唯一あるらしい喫茶店を目指した。(開いてないかもしれないし見つからなくてもよしとしよう)

田園地帯から見える三本槍

細い路地を進み、男性から教えてもらった神社(小さい神社)を見つけた。田園地帯から望む三本槍が見事である。そしてしばらく歩くと、こじんまりしたお家が現れた。手作りの看板で「紅茶と音楽コルトレーン」とある。男性に教えてもらった看板と同じ看板だった。

紅茶と音楽コルトレーン

外からは人の気配を全く感じなかった。営業してるのかな?と訝しげに玄関のドアを開けると、ガランガランと熊鈴が心地のよい音色を出してゆれた。このドアも表道路には面していなくて、それが妙に奥ゆかしい雰囲気を醸してした。ジャズが流れる店内には、どこか60年代アメリカンを思わせるようなインテリアとご主人の趣味でありそうなジャズの名盤が綺麗にディスプレイされていた。

「すみませーん。営業してますかー?」

返答はなく、ただジャズが静かに心地よく流れていた。ドアも開いていたことだし、このまま店の人が現れなくてもそれはそれで小説っぽいな。しばらく待つか

いつもであれば、髪の毛に蜘蛛の巣を蓄えたいかにも汚らしい出立ちで静かな喫茶店に入るのはいささか躊躇するのだが、この土地の雰囲気だろうか、山口での体験のおかげなのか、三倉岳を制覇したという自信なのかよくわからないが、ここに堂々と居座ることを決めたのである。

確か、以前、汚らしいバックパッカーの出立ちで降り立ったオーストリアのウィーンでは、伝統的な気品あふれる大きなカフェの門前で気後れして入れなかったことがあった。ドアマンがいてシャンデリアが煌めくような場所に、登山靴とクタったユニクロを来た異邦人は自分から見ても少し場違いに感じた。今ならこの蜘蛛たちを引き連れてホテルザッハーでも行けてしまうような気さえしている。

「こんにちはー、いらっしゃい。すみません、奥にいたもんで。」

しばらくすると、奥から笑顔の素敵なご主人が現れた。