日帰りドライブ
ジュンタオの運転
エミリーが少し心配そうな顔で私たちを見つめた。
私たち4人だけでソールズベリーに日帰り旅をすることになった。ティスベリーからソールズベリーはほど近く、日帰り旅にうってつけの場所だった。この日運転手をしてくれる予定だったカルプナーの体調が思わしくなく、急遽ジュンタオの運転でソールズベリーに向かうことになったのだった。運転席も道路のレーンも日本と同じことを思えば、私が運転手に名乗り出るべきかもしれないが、これはあいにく自慢できる分野ではない。
まだ出会って数日だというのに、ここで出会ったメンバーとはすでに家族のようになっていた。車内4人は結成されたばかりのほやほや新生チーム。土地勘がない私たちは、皆の知恵と情報を結集して目的地へと向かった。道を間違えたり、ランドアバウトだらけのイギリスの道路に戸惑ったり、探り探りのドライブがわくわくする冒険のはじまりを感じさせた。
ストーンヘンジ
ストーンヘンジは太陽崇拝の祭祀場、古代の天文台などさまざまな説があるが、世界遺産として有名な場所だ。ティスベリーに来たからには行っておきたい場所ナンバーワンだった。
ストーンヘンジをひっそりと堪能できる場所があるわ
いくらか道を間違え、いくらか立ち往生したのち、エミリーが教えてくれたポイントに辿り着いた。

距離感なのか、たどり着くまでに経験した無数のトリックのせいなのか、石に群がる観光客らの光景なのか、ルーブル美術館でモナリザを目にしたときの記憶が蘇ってきた。皆も同じ意見だったようで車内よりも言葉数は少なく、遠い目で草むらに鎮座するストーンヘンジを眺めた。

まあ、でもせっかく来たしな、という気持ちも早々に満たされ、いそいそとまた車に乗り込んだ。これからソールズベリーの町に向かう。その道路からの眺めのほうに皆歓喜した。
ストーンヘンジを見たという、”観光客スタンプラリー”にはある種の満足感はあったが、ファームでエミリーや皆と過ごす時間のほうがなんだかいいよね、と皆ティスベリーが恋しくなっていた。初めて子どもたちだけでお出かけするような、そんな感じだった。
ソールズベリー
どうにか有料駐車スペースを見つけ、町へとくりだした。小さな町は雰囲気がよく散策しやすそうだった。マイケルは、画家のリチャードから頼まれていた画材道具の買い出しに画材店へと向かった。

ソールズベリーといえば大聖堂と教えてもらっていた私たち3人は、”観光客スタンプラリー”へと向かった。

スッと天に伸びる塔の姿は優美だった。この塔の高さは123.13mとイギリスで最も高くギネスブックにも記録されているそう。


一人12ポンドを入口で支払った。ヨーロッパの他の大聖堂と比べていささか値がはるように思えたが、聖堂内はきちんと管理されておりボランティアの数の多さも群を抜いていた。公式サイトで前売り券を購入すれば少しディスカウントが効くらしい。

これまで私が訪れたことのある大聖堂はカトリックのものが大半で、イギリスで大聖堂に入るのはここが初めて。華やかな色の装飾が印象的なカトリックのそれとは全く違う空気感が漂っていた。

この日はイベントが行われていて、小声での会話も注意を受けていた。大聖堂で過ごす時間は解放感を感じることが多いが、それがあまりにも厳格で、今回ばかりは少し窮屈に感じてしまった。自身の歩く靴の音さえも耳障りに聞こえてくるほどの緊張感だった。

どうにか1周したものの、私たちはその緊張感に耐えきれず、そそくさと次の部屋に移動した。

隣接するチャプターハウスにはマグナカルタが保管されていて博物館のようになっている。イングランドに現存しているオリジナルは4通で、ここに納められているものが最も保管状態が良いのだとか。
1215年にイングランド王ジョンが貴族やロンドン市民に強制されて承認した文書。王権を制限し、貴族の権利を再確認したもので、イギリス憲法の基礎となった。次の5項目が最も重要だと言われている。
- 教会は国王から自由である。(第1条)
- 王の決定だけでは戦争協力金などの名目で税金・軍役代納金を集めることができない。(第12条)
- ロンドンほかの自由市は、交易の自由を持ち、関税を自ら決められる。(第13条)
- 必要な場合は、国王が議会を召集しなければならない。(第14条)
- 自由なイングランドの民は、国法か裁判によらなければ自由や生命、財産を侵されない。(第38条)
マグナ・カルタは、人権思想の起源と考えられることが多く、近代民主主義の発展において重要な法律文書のひとつとされている。
チャプターハウスを彩るステンドグラスが緻密で美しい。
”観光客スタンプラリー”が得意でない私たちは大聖堂を早々に去った。全員一致でカフェ休憩へと向かう。緊張感から解き放たれ、心地のよい休憩時間だった。結局、ソールズベリーの記憶は大聖堂とマークスペンサーカフェのみだ。私たちが数日で家族のようになった理由はこういうところにもある。

帰宅後
There’s no place like home
ドロシーの言葉がそのままスッと心に馴染む。緊張感漂う冒険からお家に無事帰還した私たちは、ティーを淹れて心の底からホッとした。今思えば、この1日何度もティーを淹れてホッとする習慣はここから始まった。
ひとまず、あなたも紅茶のむ?
なるほど、これがイギリスの紅茶文化なのか、と。この習慣はすっかり身についてしまった。

ここにいると、皆の優しい言葉と、生き生きとした自然に囲まれて、全身が喜んでいる感じがする。


ソールズベリーの印象を尋ねられた私たちは正直な感想を打ち明けた。するとエミリーは、少し申し訳なさそうな表情でこう言った。
タイミングが悪かったのかもしれないわね。実は、ストーンサークルは観光地で有名なあのストーンヘンジだけはないのよ。この土地には不思議な石がたくさんあるの。近々行きましょう。

そういえば、ここの庭にも不思議な大きな石がひっそりと置かれていると気づいたのはもう少しあとの話。
