おわりとはじまりの景色
3月
行き場のない喪失感を埋めるためにイギリスの古典文学を携えている。どこかの国から帰ってくると、少なくとも数ヶ月はこの気持ちを持て余す、ことになっている。それが、感傷的な3月なら、なおさら。

寒さと暖かさ、別れと出会い。何かが終わって、何かが始まるときのニュートラルな感じは、いかにも3月。地元に帰ってくると、思い出すことはいろいろあって、室生犀星の、”ふるさとは遠きにありて‥”を今も支持している。確か昔は3月が好きだった気もするが、今は、ニュートラルだ。
そんな3月の外気に包まれながら、脳内は英国クラシック。帰国してから連日、明るくないニュースが流れてきては、決して少なくはない人たちに不穏な影を散らつかせている。違和感を隠せない、メアリー・ダチット(夜と昼;ヴァージニア・ウルフ)の気分でお茶を淹れた。
担当E氏
3月某日、E氏に連絡をとった。
ちょうど、どうしていらっしゃるかなって思ってたとこなんですよ!
2018年からE氏には仕事でお世話になっている。
初対面のときから、”あ、なんか通じてるな”という感じの言葉をかけてくれる方で、(それがプロフェッショナルというのかもしれない)、この仕事をしていて、E氏ほど曖昧な感覚を汲み取ってくれる方にはまだ出会ったことがない。想像どおり仕事のできるE氏は、その後、異動、昇進され、本来なら担当変更となるところだが、ご厚意でこうやって今もお世話になっている。
こんなにも仕事を”させられている”という気持ちにならない方は初めてですよ!いいのかなって(笑)
以前、そう言われた言葉は褒め言葉として受け取っている。どれだけ好きな仕事でも、心が擦り切れたり体力が消耗してしまうことがあるから、可能な限り、その環境に楽しみを見出したい。いろんな場所を見てきて思うのは、そういうことだ。自ら過酷さを演出する必要はない。それが手を抜くと同義でないことは、多くの人が頷くことだと思う。どれだけ過酷な状況下でも、小さな楽しみを見つける職場の仲間や、メリハリを付けた働き方をしている海外の友人たち、これまでに出会った人たちの姿が思い浮かぶ。(そういえば、過酷さを攻略することに血眼でやりがいを求める猛者たちもいたなあ。元気かなあ。)

ちなみに、、あ、ここはインスピレーションですよね。承知しました。
真剣な話し合いの最中、私より先に、E氏から”インスピレーション”の言葉が出てきて思わず笑ってしまった。ちょっとそれは、私のセリフ!まだ出会って間もない頃、私がこの言葉を口にするたび「ほお〜」とした少し驚いた表情でニヤニヤしていたE氏をよく覚えている。
後日送られてきたE氏の提案は、丁寧にまとめられ、私のインスピレーションそのものだった。これだから、担当はE氏以外に考えられない。感傷的でニュートラルな3月に、少しだけ暖かさの混じった春の気配を感じた。