境界線
自然のなかで
自然のなかで過ごしたいという想いが日増しに強くなっていた。UK帰国の際に起きた想定外の大トラブルで失った山グッズたち。買い足したものもあるが、積雪前に行くのがいいだろう。

鹿児島の友人たちに「あのあたりは何もないよ。自然以外は」と言われた大隈半島を巡っている。前から気になる場所のひとつだった。鹿屋に着くと、あたり一面に牧場の香りがプンとした。新しい土地に降りたったときの香りの洗礼は、旅の始まりの合図。旅の高揚感と同時に、最近いろいろと騒がれている日本の山の現状を目の当たりにした。自然災害によって多くの道路は封鎖され、高齢化、人手不足によって山道、林道の荒廃も進んでいるように思われた。グーグルでは通行可能になっていても、実際には封鎖されている箇所もたくさんあった。それに、山に近づくほど人をほとんど見かけない。この地域に限ったことではないけれど。

親切なヤマッパーさんたちの登山情報を数日前から念入りにチェックし、登山口へと車を走らせた。かつてはメインで使われていたらしい比較的アクセスの良い登山口は倒木等で封鎖され、私はもうひとつの登山口へと向かった。グーグルマップが機能しない区域に入ると、ボランティアの方々によるものだろうか、登山口への誘導標識に少し安堵する。山道、林道あるあるだが、薄暗く、離合できない区間もあったが、それでもきちんと舗装されていた。


山行は、とりわけ何ということもなかった。想像どおりのガスガスの山頂を拝みながら、スローカを唱えてアダブを踏んだ。
下山もスムーズで、あとは効率を考えて組んだルートで観光名所を巡りながら、もうひとつの百名山にアタックする。そう考えて車を走らせた直後に問題は起きた。スマホは相変わらず圏外だったが、何が起こったのか、車のナビが来た道とは反対の道を提案していた。どうやら、そちらの道のほうがより”目的地に近い”らしい。おそるおそる進んでいく。これが全ての間違いだった。土地勘のない者が単独で冒険に挑むと、ハプニングはつきものだ。どうやら立ち入り禁止区域に侵入してしまったらしい。道なき道、未舗装の道路、落石、土砂崩れ、倒木。草むらで視界は消えたが、車輪の外側はすぐ谷底らしい。離合云々どころの話ではなくなった。それでも、いつかは抜けれるものだと拝みたおし、倒木をどかして、いくつかの落石を処理しながらのろのろ自転車のように進んでいく。雨は強くなり、あたりは暗く、視界も悪くなってきた。戻ろうにも戻れなくなっていた。昨年のリシー登頂もそれなりにヤバかったが、今年は車付きだ。年1くらい、山でヒヤリハットしている。こんなところで救助を呼べるのか、ヘリ出て大事になるぞ。この状況を検索したい沼に陥るが、電波はない。悲鳴をあげたくなった。ああどうせ、ここではその声も聞こえまい。せめて四駆の仙人カーであったなら。

一般道に出ると思しき箇所まであと半分程度に差し掛かったとき、6畳部屋、空間のすべてをがっつりと埋め尽くす土砂崩れ、落石で道路は寸断されていた。それまでにも落石は手でどけてきたが、一瞬フリーズした。
えっと、これは私どけれるかいな?
極度の不安と疲弊から、思考が完全にバグってきている。数分空白の末、引き返すことにした。バックで。とんでもない道を思い返して、これを再び戻るのだと思うとさらに萎えたが、今や私の目標設定はかなり低く設定されていた。このあとに組んでいた予定なぞ、どうでもよくなっていた。このダンジョンを抜け出し、生きて舗装道に戻ればいい。大げさに思えるが、そんな感じだった。
ようやく登山口までもう少しだと鼓舞したとき、大型の作業車が通路を完全に塞いでいた。よく見ると作業車は動いている。ということは人がいる。雨音が強くなるなか外に飛び出し、作業をされていた方に大声で声をかけた。その年配の男性は林業をされている方で、こんなところに人が、と少し驚いたようだった。作業の手を止めてしまい申し訳なく思ったが、この道しかない。
事情はわかった。これまでも何人かそういう人がいて、何があってこんなところにと思っていたんよ。この道は抜けることはできんよ。区切りいいところで移動させるから少し待ってて。
離合できる箇所までかなり道を進まねばならなかったが、男性は慣れた運転で超大型作業車を操っている。雨でぬかるんだ土は大きな車輪で凸凹が増して、やはり仙人カーがほしいなと思ったが、人気のない場所で人を見つけて不安感が和らいでいた。懐かしい九州アクセントだった。少し幅の広い箇所に出ると、男性がこちらにと合図していた。
気をつけて!
丁重に詫びと礼を言い、無事舗装道へと辿り着いた。ようやくスタート地点に戻ってきた。2、3時間彷徨っていたらしい。冒険と猛省と発見。
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最近、メディアを賑わせている日本各地での熊騒動。あらゆる憶測が飛び交い、真偽の不確かなものも数多く見かけるが、熊が市街地に出現する頻度が激増しているのが現実にある。メディアでは、どれも私が幼少期の頃から聞いていたような理由が今まさに新しく見つかった要因であるかのように並べられている。何か問題が起きれば、わかりやすい犯人探しをしたくなるのがこの社会なのだろう。
東北や北海道に移住した際は、熊の話はいつも身近にあった。登山口には、熊目撃の情報が日々更新されて掲示されていた。地域の方々からの情報は一番の助けになり、数十年にわたる害獣駆除対策の失敗(過剰な動物保護思想による手厚い保護)が主な原因だという話も聞いたこともある。何をもって害獣と呼ぶのか、という議論はさておき、私は岩手の仙人修行で聞いた仙人の言葉が印象に残っている。
ここでは”熊が出る”という表現はそぐわない。共に生きる存在なのだから。彼らの領域に入らせてもらうという意識でいるように。
何十年もその山と共に生きてきた仙人の言葉には重みと自然、動植物への畏敬と尊敬が込められていた。だから、仙人は大きな音の鳴る笛を持参する。昔は声を張り上げて山に分け入っていたようだが、年齢や体調もあり大声を出すことが難しくなってきたからだという。数十年、山で声を出してきた仙人の声を熊は覚えているらしい。私たちの声は知らない声だから、笛はできる限り吹き続けるようにと指示があった。私たちは歩きながら「今からお前らの山に入るからな」と人が入る合図を送りつづけた。
九州には熊がいない。そう言われている。しかし、熊に限らず地方の山の現状を改めて考えるきっかけになった今回の山行。山間部に住んでいるわけではないし、その事情に詳しいわけではない。しかし、フォローしている専門家らの意見や、自身のこれまでの経験から思うのは、人と山の距離が離れてしまったということだ。一朝一夕に解決できる問題ではない。
火を使い、音を出し、人が山に分け入ってきた。地方の小さな山には、昔、人の生活道として使われていた道の名残をいくつも目にする。昔は用事を済ますため、山越えをしていたのだろうし、時代によっては戦火や一族の争いを逃れるため山の洞窟に潜んでいたのだろう。自然に成り立っていた、それぞれの境界線が失われつつある。もう、熊は私たちの声など知らない。
起きている物事の理由は、ひとつではない。いろんな事象が複雑に絡み合い、分かりやすい出来事の裏にひそんでいる。けれど、響いてくるのは自然の音、仙人の言葉。