七ツ森への招待

七ツ森というところ

ここらは、15時過ぎにはもう暗くなりはじめますので。

そんなことは知っているさ、と駅を出た。

8月終わりのシンとした肌寒さに、関西の11月を感じていた。外の明るさから感じる時間の感覚も、通常より1〜2時間早かった。「もう家帰る時間かな」と腕時計に目をやると、まだ小学生でさえそこらをうろついていてもいいような時刻だった。時間感覚が狂ったのかと思っていると、山口から岩手に嫁いだという同僚が、”西日本から来たら、それは正常な反応だよ”と教えてくれた。日照時間の短い北欧の国々が頭によぎった。どうも、寒い地域というのは調子が狂う。同僚曰く、”住むと慣れるけど、里帰りから返ってくるとまた違和感がぶり返す”らしい。

新しい土地に来ると、手近に散歩できるハイキングコースがないかを探すのが習慣になっている。来て間もない頃、周辺地図をくまなく見ていると、雫石方面にまるで小説に出てきそうなハイキングコースを見つけた。

….七ツ森

七ツ森は、言葉どおり、生森、石倉森、鉢森、稗糠森、勘十郎森、見立森、三角森の7つの森から構成されているらしい。すぐに同僚たちに確認してみた。

確かにあそこに森のような場所はあるけれど、あそこは登ったり歩いたりはしない場所でしょう?そもそも入れるの?

地元民たちが首をかしげるということは、それほどメジャーなハイキングコースではないようだ。インターネットで検索してみたが、あまり詳しくはわからなかった。

わかったのは、頂上には七ツ森展望台があって、雫石の田園風景と岩手山、駒ヶ岳を眺めることができること。そして、「イーハトーブの風景地」の一つとして、賢治さんの文学作品ゆかりの地とされていること。

七ツ森の案内図

山アプリを起動し、先人たちの軌跡を辿る。思えば、よくここまで漕いできた。気づけばあたりは薄暗くなりはじめ、いつもの「もう帰る時間かな」を感じさせる空気感が漂っていた。まだ夕刻と呼ぶには早い時間だったが、西日本の曇天の夕刻時のような薄暗さがあった。”登山口”がどこかは結局わからなかったが、先人の写真にも載せてあった「七ツ森の案内図」を見つけてホッとした。

しかし、ホッとしたのも束の間、案内図を越えて数分歩くと、そこはただの薮だった。昨日の雨に草木は濡れ、背丈のあるぶっきらぼうな枝が顔を直撃した。

管理人

君?今から頂上行く気かい?

人気のない林のほうから、業務服の男性2人が姿を現した。詳しくは分からないが、この公園を管理されている方々か、何かのチェック、下見に来ているような感じに見受けられた。この森に詳しそう、そんな感じだった。

しかし、その口調からは、不思議さと怪訝さが感じられた。

薄暗いので、頂上まで行くかはわかりません。少し散歩しながら様子を見ます。

かろうじてゴアは着ていたが、靴も含めて登山装備で来ればよかったと思い始めた。

今、熊の気配はなかったけれど、一応熊鈴は持ってる?気をつけてね!

熊に関係なく、愛用リュックには熊鈴が常備されている。数年前、新年登山で訪れた京都の愛宕神社で見つけた旅守りは熊鈴になっていて、普段は鳴らないように丁寧に布に包まれてリュック内に忍ばせてある。

”様子を見ながら散歩”とは言ったものの、道がない。山アプリも、グーグルも役に立たなかった。背丈の高い枝の突撃に加え、足場もぬかるんでいる。

入り口らしきところにあった案内図を見返したが、”散歩”できるような道は見当たらない。おまけに、温度も下がってきているようだった。

餅もゲットしたし、今回はもういいんじゃない?

七ツ森の扉は開かれなかった

そういう文言も、どことなくフィクション感があっていいか、と思いながら駅方面を目指してまた走り始めた。