山の歩き方アップデート

鵯越センス・オブ・ワンダー

そこの美しい生き物が見えますか?

葉っぱにひっそりと佇む蝶の姿

鳥のさえずりに双眼鏡を取り出して声の主をたどる。いろ”とりどり”の声が折り重なって美しいハーモニーを奏でている。聞いているだけでセロトニンリッチになりそうだ。聞き覚えのある声もあって注意深く聞いていると、どうやら住宅街にも飛んでいる種類であるらしい。街なかの喧騒は苦手だったはずだが、インド旅後から続く”静か過ぎる日本”への妙な違和感で、”空間の音”を無意識に求めている、のかもしれない。いや、全身が振動するようなクラブの音などは、今は遠慮しておく。

鳥たちは種によって全く違う音色を奏でていて、それはたとえ同じ種であっても、全く違う声色を響かせていることもある。ハカセによると、それぞれの鳥の鳴き声の特徴を(いささか強引に)日本語で表現することもあるようで、やたらと”ヒトらしく”さえずる個体もいてニヤリとした。

センス・オブ・ワンダーハイクはハカセのおかげ。たくさんの生き物解説ありがとう!

私自身、普段山を歩くとき、結構みっちりと予定を組むことが多い。縦走ソロ山行が多く、予定時間内の下山を目指し、それ相応のスピードで山を巡ることになる。以前、どこかの山行途中で出会ったご婦人が、「せっかく夫婦で山登りに来ているのに、主人は早く頂上を目指したいと言って先に行ってしまったのよ。私は植物を愛でながら登りたいと思っているのに。いつもそうなのよ。」とぼやいていた。どちらの思考も理解できるので難しい問題に思えたが、彼らはいつも山頂で合流して一緒にランチを楽しんでいるような様子だったので、それはそれでアリだと思う。

正直なところ、六甲山系は、高台から見下ろす景色がグレーの住宅街であまり好みではない。(だから夜景がきれいなんだよ、と山など興味ない友人が言っていたが、確かにそのとおりだ)

だから今回、それなら、山の中にいればいいじゃない、ということになった。

枯れ葉を踏みしめ、何か語りかけてきそうな石に手を当ててみる。エメラルドグリーンやブリリアントグリーンといった絶妙な色味をした池が夏前の新緑を水面に映し、この美しい景色を閉じ込めているように見えた。そういえばそんな名画があったっけ。木々の隙間からまた新しい鳥影が見え、ハカセはサッと双眼鏡を覗き込んでいた。

颯爽と歩いていると、宙ぶらりんのいもむしに衝突しそうになる。順調な足取りを止められる障害物のようだが、彼らからすれば、私たちのほうが侵入者であるに違いない。癒しの新緑を背景に、彼らは春から夏への合図を送っている。

まるで絵画のよう

そういえば以前、ダヤ先生に山での歩き方をレクチャーしていただいたことがある。実践してみたが、今回はいつもと違う場所が筋肉痛になった。後日、先生に報告すると、結局きちんと歩けていなかったことが判明した。先生自身は、”山登り”という名目で山に行くことはあまりないそうだが、何千メートル級といったレジェンドの山などもサックリ登ってしまいそうに見える。「皆で実際に登りに行かないといけないわね!」先生がニヤリとしていた。

緑を写す透明な水に手を浸けてみる。ハカセの指さしたその先、川のもっと奥のほうに、スイミーのようにして泳ぐ小魚の集団がいる。木々の間や土の上、空、そして水の中まで生き物たちの生活空間は広がっている。

何気なく通り過ぎてしまう、一見すると特別感などない空間に広がる世界。それは意識を向けた瞬間に色鮮やかで美しく姿を現し、とてもにぎやかだ。その自然空間のなかにゆっくり腰をおろして五感を研ぎ澄ませてみる。なぜ?どうして?と子どものように自然といろんな疑問が浮かんでくる。時間など、やはりヒトが便宜上作り出したものに過ぎない。立ち止まるこの時が必要だった。今はどこにいても、無難な模範解答がすぐ手に入るが、自分自身で実際に経験して感じたことは、いつまでも記憶に残っている。

ん?この感じ、、

センス・オブ・ワンダー!

過去記事を貼っておくので興味のある方はどうぞ

鵯越センス・オブ・ワンダーハイキングと名付けよう。こんなに心が満たされる山行は久しぶり。

六甲縦走完走に向けて練り歩いていたときの鵯越メルヘンハイク
海洋生物学者レイチェル・カーソンについて
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