奉納公演4

マドラスチェックに誘われて

チェンナイに近づくにつれて、どこか見慣れた、無機質で現代的な建物もちらほらと姿を見せるようになった。とは言っても、地上ではカラフルなサリーを着た女性たちが器用に花を編んで売っていたし、メニューなどなさそうな趣のある食堂や路面の屋台、砂埃を巻き上げてクラクションを鳴らしまくるリキシャの喧騒が広がっている。タミル・ナドゥで”見慣れた”光景がそこにあった。

女性たちは、うっとりするような色とりどりのサリーを巻き、毎朝綺麗な生花を長く編み込んだ髪に付けている。その姿が美しい肌の色に合っている。男性たちは、多彩なマドラスチェックの布を腰に巻きつけてゆったりとチャイを飲んでいる。何気ない光景が、とても自然で美しく、日常生活の一場面を彩っていた。そこには、名の知れたブランドを身につけて見栄を張るような行為は、何も価値をなさないように思えた。ありのままで、美しい。

現代的な洋服屋、仕立て屋が立ち並ぶ

私たちも、お稽古着や舞台用品を探しに散策に出かけた。無限にある生地デザイン、あっという間に時間が過ぎた。

カパリーシュワラ寺院

マイラポール地区にあるカパリーシュワラ寺院。寺の周辺も観光地化されていて、街角を曲がるとひょっこり立派なゴープラムが姿を見せる。

ここまで、ダヤ先生たち一行を追いかけ、シヴァ神を祀る寺院をめぐってきた。ここがその最後の奉納場所だ。想像よりもこじんまりとしていて、地元に愛されているお寺という感じがする。観光地のなかにあって、その雰囲気には意外性があった。

これまでのお寺よりもカラフルな組み合わせの配色でサリーを着る女性が多い印象だった
サリーにお花の髪飾りが素敵。生花の髪飾りを見ると長い髪が恋しくなる

ダヤ先生たちの奉納公演

舞台の真ん前の席に腰掛け、どことなくそわそわしていた。行き場のない緊張感を内側に押しめながら、気持ちが昂っていた。

厳かで華やかなシヴァラトリー最終公演、寺の清々しい空気、先生の師匠シャンタ先生の来訪、そして私たちが数時間後にこの国を去ること。タミル音楽のリズムにのせて、これまでに見てきた光景が甦る。鮮やかな夢物語のなかにいるようだった。

シャンタ先生の姿が見え、さらに厳かで、けれど温かな空気感が漂ってきた。舞台からも、師の登場に感動している様子が伝わってくる。その感動が舞踊へと昇華され、祝福のムードが舞台を包み込んだ。舞踊を通じた力強いコネクションは観客をも包み込み、私たちはその奇跡の目撃者になった。

帰国の時間は、刻一刻と近づいていた。今目の前で目撃した光景に二人とも鼻息を荒くした。

先生のボーシャンボーを見ずには帰れないね!

この日のダヤ先生の舞台は、とても特別な時間に感じられた。異国の寺院で奉納舞を捧げる師匠の姿。先生が踊り始めると、舞台から強い風が吹き始めた。先生の奉納がシヴァ神に繋がっている、そんな風だった。とても厳かで心地よく、祝福のようにも感じられた。

先生の踊りがおわり、感動さめやらぬままふと時刻を見ると、予め私たちが計画していた予定時刻を過ぎていた。慌てて荷物をまとめ、シャンタ先生、ダヤ先生に挨拶し、後ろ髪引かれながらその場をあとにした。

帰国後、「二人が帰ったあと、舞台にあがって皆でタッターを踏ませてもらったんだよ」と聞いた。一緒に踏めなかったことは残念に思ったが、また来る楽しみができたなとにんまりした。

空港へ急げ!

皆が舞台で感動のタッターを踏んでいる頃、私たちも最高のオートリキシャドライバーに出会って、感動していた。予定時刻を過ぎて寺を出、内心ヒヤヒヤしていたが、彼の卓越した運転スキルと地形把握、機転を効かせたルート選択で、到着予定時刻ぴったりに空港に到着することができた。クラクションは最低限で安全運転(なのに速い)、ルート選びも秀逸。スマートな運転に礼を言い、地下鉄に乗り込んだ。

地下鉄の雰囲気もよく、スタッフさんも丁寧にいろいろアシストしてくれた。車内でも、サリーを着たまま乗車していることもあって、同じくサリーを着た乗客の女性たちが、微笑みながら話しかけてくれた。

着物で歩きまわるのはとても苦手で、それに比べたらずいぶんとラクではあるけれど、やはりサリーも全力疾走や大荷物の移動には向いていない。どんどん着崩れていくサリーにずっこけそうになった。空港に着くと、サリー姿でチェックインする現地女性の姿も多く、サリーで颯爽と移動する姿にリスペクトせずにはいられなかった。私の気崩れたサリー姿はというと、今やあの”遠山の金さん”の足元さながらで、不釣り合いなスポーツシューズを覆い隠していた。落武者さながら、引きずるサリーを持ち上げ、いそいそと着替えを済ませた。今や眉間のビンディーだけがインドにいたことの証明で、誇らしく、ずっとそこに残っていた。