新年の抱負は考えないタイプ
あけましておめでとうございます。
2024
昨年を思い返してみると、どこから振り返ろうかと悩むほどに多くの経験ができた年だった。ただ楽しいだけではなく、いくつかの(ハードな)新しいことにも挑戦した。そのおかげか、”年々ルーチン化していく毎日に飽き飽きしている”とか、”(不本意ながらも)やらなければいけない多くのことに疲れている”とか、例年忘年会で愚痴のネタになりそうなこととは無縁の時間を過ごすことができた。

ジューンブライド、愛知で弟の結婚式に参列後、颯爽と東京に向かった私は、気のおけない友人との再会を果たしたあと、バックパック一つで(いや、厳密には55Lと10Lバックパック、パッカブルボストンの計3点、初期総重量35kg程度の荷物だった)オーストリアへと飛び立った。バックパッカー海外旅は、2019年のポルトガル旅以来だ。約半年間の旅が始まろうとしていた。ウィーンでは、2015年のやり残し制覇を掲げて過去の軌跡をたどり、イメージが180°変わった。2015年当時の簡単な日記には、悪天候も相まって鬱々とした文章を残していた。本は読む年代によって異なった印象を与えるが、旅もそんな感じなのだろう。

その後、オリバーたちと会うためにバスでスロバキアイン。予期せぬ警察沙汰に波乱の入国だったが、彼らが作成してくれたオリジナル観光ガイドを頼りにスロバキアを満喫し、ハイタトラス地方ではポーランド最高峰リシィー山に登頂することができた。現地の友人がいるというのはとても心強く、警察沙汰や悪天候によるドナウ川の氾濫でさえもドラマチックに思えてくる。



タトラ山脈で真っ赤に日焼けして光線過敏症に苦しんだあと、ようやく真っ黒になって皮向けが始まったころ、本章となるイギリスに入った。以前、ヴィクトリアさん、トニーさんたちがおすすめしてくれたように、カントリーサイドに拠点を置くことに決めていた。


今回の旅の主な目的は、”英語の上達”だったが、それだけではなく実に多くの”イギリス人の生活”に密着することができた。自身の語学力の乏しさを痛感する場面も多かったが、同時に、非言語的な共感に驚くことも多かった。例えば、ノーリッチのキャサリンとは親子ほどの歳の差があるのだけれど、彼女とは旅や文化交流、人生から恋愛まで実に多くのトピックについて、ミルク入りの濃い紅茶を飲みながら時間を忘れて話しこんだ。これは彼女が英語教育に携わっていることだけではなく、言語的なコミュニケーションを超えたところで共感することが多かったからだと思う。

彼女に限らず、そういう人たちと出会えたことにとても勇気づけられた。ガーデニングや建設現場作業、DIYなど新しいスキルを獲得しながら国内を転々とし、ついに秋から約2ヶ月のロンドン生活が始まった。

毎日の語学学校と週末のインド古典舞踊(バラタナティアム)レッスンに通いながら、忙しくハードながらも充実した日々を送ることができた。ここでは、人生最高の(そう言っても言い過ぎではないと思う)英語の授業を受け、最高の友人と先生たちに恵まれた。幸運にも、皆モチベーションが高く、英語の上達という共通の目標に向けて、日々の他愛ない会話も刺激的で楽しい時間だった。私はこれまで語学留学をしたことがなかったが、迷っているならそのときに行ったほうがいい。




もともとイギリスのアクセントが好きな私にとって、実際にネイティブのリアルな会話を毎日聞けるというのは、幸せこのうえないことだった。
ここどこだと思ってる?ロンドンだよ?街に出てとにかくネイティブと喋ってきなさい。これ週末の宿題!


カントリーサイドとは全く違う空気感の流れるロンドンで、ギグやマーケット、チャリティーショップめぐりを楽しみながら、灰色の空と雨降る毎日にも徐々に慣れてきた。滞在当初、都会なんて世界どこでも一緒でしょう?なんて言っていたのだけれど、どこの街よりも一番友人ができたのがロンドンだった。皆と再会を強く約束し、私はカントリーサイドの旅を再開した。


長いようであっという間に過ぎていく時間。ここでの生活にも慣れてきたが、帰国のときは刻々と近づいている。ここで出会った友人たちとの別れが一番辛い。
これは何人かには話したが、イギリスは私にとって、”リアリティーがある国”だ。どういうことかと言うと、”自分が住むことが想像できる”場所なのだ。私のお気に入りの国は相変わらずポルトガルだが、ポルトガルは私にとって”夢の国”。旅で訪れることと実際に住んでみることには大きな差があるのは承知だが、ポルトガルで経験したことは、全てフィルターがかかったように”いいこと”に変換されてしまう。カラフルで朽ちかけた建物の合間から聞こえてくるサウダーデの憂いでさえもだ。他方イギリスでは、生活していていい点と悪い点が自分のなかで明確に言語化できた。

イギリスは今回初訪問だったが、これは周りの日本の友人たちに驚かれることが多い。同年代の多くがそうであるように、私も中学1年生から英語の勉強を始めた。日常生活で英語を使う機会はほとんどないものの、趣味のおかげで英語の勉強を(ゆるいながらも)続けている。けれど同時に、これほどまでに年数が経ってもまだ話せない自分を目の当たりにするたびに劣等感が込み上げてくる。英語がもっと話せるようになりたいと切望しながら、ネイティブの国を避けてきたことは認めたくはないが事実である。今回の旅でイギリス各地に友人ができたことで、いつしかこの屈折した考えがすっかりとなくなってしまっていることに気づいた。これは一番の収穫かもしれない。


そんなの気にすることないわ。私なんて母国語の英語しか話せないんだから。世界で英語で通じる場所が多いだけに、他言語の習得をサボってしまっているのはダメな点だと自覚しているんだけれど。
皆、幾度となく気を使って励ましてくれた。CHA(茶)の国とTEAの国、日本とイギリスの類似点を考察するのも楽しかった。ちなみに、ポルトガルはCHA(シャ)の国だ。

ここまで旅の話ばかりになってしまったけれど、話を国内に戻すと、昨年4月には、デザインしたジュエリーの販売を人生で初めて経験できた。頭のなかのイメージをすべて完璧な形にしてくれた山口の木工作家、稜くん。改めてありがとう。お客さんたちが実際に試着する姿を見たときには感動が止まらなかった。ご購入いただいた皆様、イベントに応援に来ていただいた皆さま、本当にありがとうございました!

山口からつながるご縁の数々、今後もまだまだ楽しみが続きそう。


2025
2025年のあなたの抱負はなにかしら?

私がインド人ママと慕うカルプナーがこちらを向いてニコッと微笑んだ。そういえば昨年の正月、正念寺で順正さんにも尋ねられたっけ。
昔から、この目標設定とかいうのが苦手だ。いや、聞こえのよい、それなりの目標などは書いたり言ったりすることはできるが、言語化するとどこか胡散臭い、心意気みたいなものがすっぽりとそこから抜け落ちてしまう。嘘を並べているような気分にまでなってくるのだから仕方がない。このモヤっとした思念のような、けれど強い意思を持った生き物みたいなものは、言語化しないほうが私にはあっているのかもしれない。
ママ、あえて具体的な言葉にはしないけれど、私にとっては、思ったそのときが動くときなんです。

きっと本当にそうしてしまうんでしょうね。あなたらしくていいわ。最高ね。

I’m in my prime.
授業で習ったこの言葉が今の自分にしっくりくる。これはきっと、また人とつながる多くのご縁ができたから。はじめましての皆さまも、いつも一緒にワイワイしてる皆さまも、今年もまた楽しい時間が過ごせますように。紅茶とビスケットを、お餅とカワラケツメイ茶に持ち替えまして、今年もどうぞよろしくお願いいたします。