アンタイ美食倶楽部

作品とベジタリアニズム

子どもの童話だと思って読んでいない人にこそ読んでほしい物語。それは、宮沢賢治の「注文の多い料理店」です。有名作なので、名前を知っている方も多いと思います。短編集としては、賢治さんの生前に唯一出版された作品でその表題が本作です。

ここで賢治さん作品のおもしろさを知った
青空文庫のインターネット図書館でも全文読める

あらすじや詳しい解説は巷でたくさん見つけることができるので、そちらも併せて読んでみるとおもしろいと思います。私はこれまで賢治さん文学に触れてこず、ほぼ初見に近かったので、解説文やミュージアムの資料を読みこむことで、興味深い史実にたくさん触れることができました。今では賢治さん作品のなかで最も推しの作品になりました。

そのなかでも興味深かったのは、賢治さんが、動物愛護観点からの菜食主義(ベジタリアニズム)を貫き、飽食、美食への警鐘を約100年前に論じていたことでした。

この理念を軸に書かれている作品のひとつが、この「注文の多い料理店」です。

イーハトーブの館図書館にて貴重な資料を見せてもらう

ダイレクトに批判を繰り返すのではなく、独特の”賢治さん言葉”でじわじわと不思議の国に入り込んでしまいます。”すっかりイギリスの兵隊のかたちをした2人の若い紳士”やレストランの英語表記など、どこかハイカラな空気感をまといつつ、イーハトーブの森に迷い込んでしまいます。先の記事でも書きましたが、このフィクションとノンフィクションの間を彷徨うような文章がたまらなく好みです。

初版本の復刻版、装丁がとてもゴージャス

違和感と種差別

物語の冒頭で、違和感を感じる場面がありました。

あんまり山が物凄いので、その白熊のような犬が、二疋いっしょにめまいを起こして、しばらくって、それからいて死んでしまいました。

「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と一人の紳士が、その犬のぶたを、ちょっとかえしてみて言いました。

「ぼくは二千八百円の損害だ。」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげて言いました。

初版本の作画を手がけた菊池さんの挿絵、残念ながら菊池さんの挿絵はこの初版本のみ

自分たちが連れてきた猟犬が不思議に倒れても金銭、損害のことを気にするだけなのです。案内人の専門家(猟師)もどこかへ消えてしまいました。

そして、後に紳士たちを料理店に誘い込んだ山猫もしかり。紳士たちを食糧としか捉えていません。

動物愛護的なヴィーガニズムを貫く方の話を聞いていると、”種差別”という言葉をよく聞きますが、賢治さんの童話を読んでいると、”生きる命の尊さに重いも軽いもないでしょう”という思いも感じました。

ただ、この作品には、紳士や山猫の対比的な存在として”猟師”が描かれており、ヴィーガニズムとは少し意味合いは異なります。しかし、この猟師はあくまで職業としての猟師。生計を立てるために最小限の殺生を行う存在として描かれています。そして紳士2人を迎えに来た彼の手にはお団子。両者が”動物の肉”を求めて生死を彷徨うなか、猟師は”団子”を持ってきて2人に食べさせます。

都会(東京)と岩手

「注文の多い料理店」が描かれたのは1921年(大正10年)です。西洋料理は、明治初期に日本に持ち込まれましたが、まだまだ特権階級の人たちのものだったようです。これが、明治大正の頃になると、一般の人にも”洋食”として広まったそうですが、これもまだまだ東京、都会での話。この頃、谷崎潤一郎が「美食倶楽部」という作品を発表しています。

賢治さんは、大変裕福なご家庭出身で、東京と岩手を往復する機会が何度もあったそうです。違う土地で違う文化に触れ、故郷と東京との食文化の差に違和感を感じていたのではないかと思います。幅広い分野に精通できる財力と環境の地盤があったことも才能が大きく開花した要因のひとつだと考えられます。

ほぼ自費出版同然で出版されたゴージャスな装丁の初版、これも資金力のなせる技

童話集出版に際して作成された宣伝用のちらしの作品の紹介では、「糧に乏しい村のこどもらが都会文明と放恣な階級とに対する止むに止まれない反感です」と記されています(無署名だが賢治さんの執筆と推定されている)。

ちなみに、賢治さん自身は、22歳(大正7年)の時点で、宿泊した宿で精進料理を出してもらっており、この頃からすでに菜食を始めていたそうです。

イーハトーブの森

物語の舞台は、賢治さんの心象風景のイーハトーブの森のなかで起こります。私がこの物語を少しリアルでおもしろく感じたのは、”実際の岩手の山々を想像できたから”というのが一番大きいと思います。

不動岳、東根山縦走登山にて

この作品を読んでいるとき、私は、紫波町にある紫波三山のひとつ、東根山の山行を思い浮かべていました。紫波三山は賢治さんも足繁く通っていたお山です。標高はそこまで高くないですが、遠目から眺めるその山脈は今まで見たこともない幻想的な光景でした。

雷が鳴り響く暴風雨のなかの山行だったため、登山道もガスって幻想的な光景でした。

本作では、”だいぶの山奥”、”あんまり山が物凄いので”と書かれており、”統べる存在”として山への畏敬の念を感じることができました。山岳信仰が根付く土地で、このようなことが起こっても不思議ではありません。実際に、花巻の市街からも神々しく見えた早池峰山には御神楽の伝統が残る岳集落があります。

ブルジョアの恰幅のよい紳士2人と山猫は、イーハトーブのあそこらへんで遭遇した。山の力によって。

これが私が岩手に住んでから思い描けたイーハトーブの物語です。

どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません

賢治さんタグから、岩手で体験したイーハトーブ紀行を読めますので、ご興味あればどうぞ。

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菊池さんの作画がお気に入りですが、手に入らないので、こちらの児童書が想像している世界観に近い絵を見せてくれました。